新人四天王、ダンジョンを買いたい

九十九 千尋

第1話


 人族と魔族が争う、剣と魔法の世界にて……

 魔族を統べる王、魔王の配下として四天王と呼ばれる者たちがいた。彼らは種族や外見、能力や得意分野などが違ったが何よりも、それぞれ個性的なダンジョンに居を構えていた。


 例えば、火の四天王アーガットは、燃え続ける体に製鉄の技術を持つ鉄魔人アイロニクスの猛将、むしろ冷気や水分を苦手とするからこそ、巨大な溶鉱炉をそのままダンジョンとしていた。

 水の四天王ナツァイは、呼吸に水を必要とし寒さと水圧に順応する身体を持つ深き者ディープワンの女帝、陸に上がることができないわけではないが渇きは苦手とするところだからこそ、彼女のダンジョンは海溝奥深くに存在する。

 そして、土の四天王ミヨグストは、土と砂を自在に操り岩を水の如く扱う石の肌を持つ人ピュグカリストの総親方、彼らは自身を着飾るための草木を愛し育てるため、アリ塚のような巨大なダンジョンを生成している。


「で、先代風の四天王である我が父、鷲獅子グリフォニアンの族長リシアンは四天王で唯一ダンジョンを持たず、風の如く流れる流浪の者でした」


 グリフォニアン、鷲の頭に鷲の足のような手と獅子の下半身をした二足歩行の青年バルアンは、小さな鼻眼鏡、もとい嘴眼鏡を巨大な爪で器用に位置を整えながら、死去した先代風の四天王の代わり、新風の四天王ティアに向き直る。

 ティアは翼蛇コアトリアと呼ばれる特殊個体である。コアトリアはグリフォニアンを始め、翼を持つ魔族の中に突然変異で生まれる存在で、美しい鱗の地肌に真っ白な羽毛に覆われた肌を持つ、人のような五体を持つ存在である。その出自故に奇跡の子とも言われ、風の魔力との親和性がとても高いため、ティアは前任の風の四天王の養子として育てられた。なお、コアトリアは女性個体しか生まれない。

 つまり、前任風の四天王の息子で現グリフォニアンの族長であるバルアンとは幼いころからの主従の関係であり、兄妹のような関係でもある。


 新たな四天王としてティアが赴任したのはつい先日。今が、他の種族や四天王にも存在を示す大事な時期なのだが……


「バルアン! 見て見て! すんごいデカい蛙!! しかも押すと耳の横から白くて臭いの出る!!」


 ティアは両手で持っても余りある大きさの巨大な蛙をバルアンに見せる。蛙は耳の横にある毒腺から自衛のための毒を吹きだしているが、コアトリアにはせいぜい臭いぐらいの効果しない。

 ティアの無邪気に笑う様を見てバルアンは眩暈を覚える。


「置きなさい。野に返してあげなさい」

「ええ! せっかく持ってきたのに!?」


 バルアンは眼鏡の位置を整えながらティアに苦言を呈する。


「ティア、いい加減自身が風の四天王であることに自覚をもって、相応の態度を取ってだね……」

「え? ああ、だからバルアンは今日はすごく堅物モードなのか」

「か、堅物……君がいつも通りチャランポランなんだろうが!」

「まあまあ、バルアンくん、オレもちゃんと四天王としてプランがあるんだ」


 不敵に微笑むティアにバルアンは嫌な予感を感じて眉をひそめる。


「ずばり! 四天王と言えばダンジョン!! 戸建て!! 念願のMy HOME!!」


 渾身のティアのどや顔に、バルアンは眉間を抑えた。


「どうして四天王がダンジョンに繋がるのか問いただしたいが、風の四天王にダンジョンは必要ありません」

「なんで!?」


 驚きの声を上げるティアにバルアンは咳払いをして答える。


「風の四天王は元来、風と共にあることを良しとして来たのです。ですので、一か所に居を構えることはしてきませんでした。先代も遊牧を基本として各地を流浪していたでしょう?」

「あー、おかげで引っ越し三昧だったもんな、オレら。バルアンも良く泣いてたよな」

「な、僕のことは良いんですよ。あと泣いてなかった! 泣いてないから!」


 バルアンは今一度咳払いをする。


「ともかく、風の四天王にダンジョンは不要です。風に愛され風を使役する我ら風の徒は、風の如くあるべきです」

「んー」


 ティアは腕を組んで考える素振りをする。が、既に彼女の中で応えは決まっていた。


「じゃ、オレの代からはダンジョンありで」

「ええ、そうです。我々にダンジョンは不要……は?」


 ティアは満面の笑みを浮かべ、その浮かれた心情を口にする。


「ああ、憧れのダンジョン……! すいーと、まい、ほーむ! 自由に扱える自室に夜中まで大声で歌っても怒られない空間! 壁に冒険者吊るしても怒れない! トンデモなペットを飼っても叱られない! 理想のMy Dungeon!!」


 そうしてその場でくるくると回るティアを見て、バルアンは一瞬だけ思考が、幼少期に初対面のティアから急に叩かれてお菓子を取られた時に戻っていた。


「はっ! いけない。ティア! 待ちなさい! 待ちなさい! ダンジョンは駄目です! というか資金とか立地とかどうするんですか!?」


 ティアはバルアンにしたり顔をする。


「大丈夫。資金に関しては先代四天王であるお父ちゃんリシアン、が残してくれた金がある」

「遺産を自分の欲望のために使わないでくださいよ! というか僕の了解取ってからにして!」


 ティアはきょとんとしながらバルアンに当然のように問う。


「駄目なのか? お父ちゃんはいつも『お前の好きなようにしなさい』って言ってくれてたし……バルアンなら、オレの夢を一緒に叶えてくれるかな、って……」


 そして、少し静かになる。

 人一倍明るい“妹”のこの表情も変えずに落ち込む様に、昔から“兄”は弱かった。ついでに父も弱かった。

 ティアのその様を見てバルアンは頭を抱える。


「解った。解りました。ダンジョンを購入しましょう。でも一人でどんなダンジョンにするか決めないでください。良いですね?」


 ティアは満面の笑みを浮かべてバルアンに向き直る。

 その笑みに、何かバルアンは自身の言動を間違った予感を感じ取ったが既に遅い。


 かくて、新人四天王は念願のダンジョンを購入することになった。

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