第13話 不倫相手
「……正直に言っていい?」
シンと落ちた沈黙の中、みのりが写真から顔を上げて口を開いた。頷いた絢子と弥生に、みのりは盛大に顔を顰めて口を開いた。
「弥生さんの旦那さんもだけどさ、絢子さんの旦那さんもどうなってんの? どういう趣味なの?」
「「…………」」
絢子も弥生と顔を見合わせ、写真に視線を落として黙り込む。
「弥生さんの旦那さんの浮気相手は、なんかすごいブス! 絢子さんの旦那さんの浮気相手、これどう見ても若造りしたババアだよね? ウチのバカの浮気相手が一番まともなの、なんなの?」
みのりの言う通りだった。弥生の夫・直樹の相手は美人とは言い難い。これは本人があえてそう言う相手を選んだと言っていた。そして絢子の夫・哲也の相手は三つ年上の絢子よりも、さらに年上。
「……好みは年上だとは聞いていました。私も三つ上ですし……ここまでとは思いませんでしたけど……」
甘えたな性格なのは、年上好きだからだったのかもしれない。
「見た目だけでお話しすると、なんていうか浮気相手として納得できるのは、みのりさんの旦那さんの相手ではありますよね」
一般的な基準に照らし合わせると、そう言わざる得ない。弥生の分析に絢子も頷く。
「……でもさ、だから二人は明らかに遊びってわかるかなって……なんて言うか趣味全開! みたいな……」
「……趣味全開」
思わず呟いた絢子は、見やったみのりが浮かべていた表情に開きかけた口を閉じた。みのりは落ち込んだように表情を暗くして、夫・大地の写真を取り上げる。
「ウチのとこは若いし可愛いしさ、典型的な浮気相手って感じで……もしかしたら本気なのかもね……」
無理に笑みを浮かべて見せたみのりに、絢子はかける言葉に迷う。離婚すると決めていても、平気になるわけではない。傷つけられた心は、なんでとどうしてを繰り返し、ちょっとしたことで簡単に揺れ動く。
(結婚も一大決心だったけど、でも離婚はそれよりも大変よね……)
結婚とイコールではない。絢子はこうなって初めて実感した。
「……実際にはどうかはわからないですけど、もし本気だとしたら、弁護士さんが言っていたようなことってあり得ますかね?」
「ウチのバカが頷くかなー……」
「私のところもだいぶ年上みたいですし……」
弥生が遠慮がちに本題に話を戻し、みのりが結論を下した。確かにそんな話が出たとして、実際は遊びだとしても受け入れるようには見えない。特に大地が。三人の夫の中で最も歳若く、チャラそうな大地。ただ女性の好みは一般的と言えそうだから。
「多分、言い出すとしたら家の、ですよね」
弥生が淡々とした表情で、自分の夫の浮気写真を手に取った。録音データで聞いた限り、本気じゃないのは明らかだった。その上浮気相手もバカにしている様子から、相手にこだわってはいなそうだった。
「逆に持ち出したとして、浮気相手たちが了承するものでしょうか?」
「でもちょっとウチは、あり得るかもって思ってる……」
絢子と弥生に問うように視線を向けられ、みのりはガサガサと写真を漁った。居酒屋で集合している写真を取り出すと、みのりは目の前に差し出してきた。
「……絢子さんが言うように、仲がいいって言うかさ。なんて言うか浮気を楽しんでるように思えない? それならノリとかで、いつそうなってもおかしくないかもって、ちょっと思った……」
「ですね……」
弥生も写真を見つめながら頷き、絢子はためらいがちに口を開いた。
「……今のところ写真でも確認はできてないですけど、起きてもおかしくはないのかもしれません。弁護士さんが言うにはそういう場合、関係を持ったそれぞれから慰謝料の請求ができるって言ってましたけど……」
「慰謝料のおかわりってこと?」
「おかわりって……でもまあ、そういうことです。関係性がどうのと言うより、不貞行為について発生する感じです」
「それならそうなってくれる方が都合がいいですね」
「弥生さん……マジで覚醒してんじゃん……」
「もうバイキンにしか見えなくなってて……」
にっこりと言い切った弥生に、みのりが引き気味に唇を震わせた。絢子も口元を引き攣らせながら、みのりが出してきた写真を見つめた。
(哲也は……そこまでするかな……)
浮気だけでも道徳に反する最低な行為。でもその上を行くような真似をするだろうか。そうまで徹底して絢子を裏切るのだろうか。それとも絢子のことまでは思い浮かびもしないのだろうか。あの甘えた上目遣いで女を見つめる哲也を見つめ、暗く気持ちが沈んでいく。
「絢子さん?」
弥生に呼ばれて、ハッと顔をあげる。取り繕うように笑顔を浮かべようとして、情けなく視界が歪むのを感じて慌てて顔を伏せた。
「すいません……もしそこまでのことをされたとしたら、何がいけなくてここまで徹底的に裏切られるのかって……考えたら情けなくなってきちゃって……」
「絢子さん……」
みのりの少し湿った声に励まされて、絢子は顔を上げた。
「……慰謝料なんかより、どうしてこうなったのかを知りたいです……」
「離婚するならさ、お金は必要。でもさお金で解決できることじゃないよね……」
少し震えたみのりの声に、絢子も小さく頷いた。俯く絢子とみのりに、弥生がスッと息を吸い込んだ。
「……でもソコを切り取るわけにもいかないじゃないですか。社会的に許される制裁って、罪に値段をつけることですから。だから私はできるだけ長く、惨めに苦しむ金額を叩きつけたいです」
おっとりと麗しい美貌の弥生が、励ますように絢子とみのりに小さく微笑む。
「切り取るって……弥生さん……!」
絢子は自分を相当過激だと思っていた。不倫現場に乗り込もうと思いついたくらいだから。でもここにもっと過激な人がいた。その外見からは想像もつかないほど、笑顔でサラッと言ってのける内容は、ズバズバと切り込んでいくみのりよりも過激かもしれない。
(大人しい人を怒らせると怖いって言うけど……)
本当にその通りだった。飛び抜けて美人なことが、より恐ろしさを増長している気がする。
「……ふふっ。そうだよね。値段でしか決着つけられないなら、むしりとらなきゃだよね」
「そうですよ。みのりさんは子供も生まれるんです。ガッツリむしり取りましょう?」
「うん! そうする!」
目元をさっと拭いてニッと笑ったみのりは、覚醒した弥生が気に入ったらしい。でも確かに泣いているよりずっといい。裏切られた怒りと反動の、一時的な高揚状態だとしても、今は進む力は必要だ。痛々しくて見ているのも辛くなるような、あの時よりもずっと前向きに見える。たとえ言葉の端々に毒が混じっていても。
視線に気がついて弥生が絢子に振り返る。
「……私、ずっとどうしたら元に戻れるか。離婚せずに許せる方法はないか。そんなことばかり考えていました。でも許せないって気づいたんです。愛していたし、信じていたので」
「弥生さん……」
「この年になれば知ってます。綺麗なだけの愛なんてないし、結婚は夢いっぱいだなんてことはない。でも特別だって思いたかったんですよね。すごく好きだったから。もしかしたらこの人となら、そう言う特別だってあり得るんじゃないかって」
みのりがぐすっと鼻を啜った。
「だから傷つくのは当然なんですよ。それくらい好きで愛していたし、信じていたんですから。だからこそ許せないんですもん……」
絢子は潤む視界の先の弥生を見つめ頷いた。そうだ、特別だと思いたかった。そうする価値があると信じて結婚を選んだ。自分にとって生涯の特別だと信じたから。
愛していたから許せない。信じていたから許せない。ぐらついていた心を、弥生の言葉がしっかりと立たせてくれたような気がした。
「……私はできる限り高額を叩きつけるつもりです。私たちの受けた傷は、そんなに安くないはずです」
瞳に力を込めてみのりも力強く頷く。そうだ。安くなんかない。
「弁護士さんの言うとおり、可能性はゼロじゃない。おかわりになるかはあいつら次第です。私もできる限り三人の動向を確認して、お二人に逐一お知らせします」
「はい、お願いします……!」
「……じゃあ、ウチらの方針は決まったね。バッチリ証拠を集めて、Xデーに現場を押さえにいく!」
こくりと三人は頷いた。
Xデー。言い逃れのできない証拠を目の前にしたら、絢子も哲也に裏切られたその理由を知れるかもしない。こうして積み重なる事実と疑惑を直視するのはとても辛い。でも必要なことなのかもしれない。いつか知りたかった理由を知った時、ぐらつかない自分でいるために、必要な作業なのかもしれない。特別なものだと信じたものは、特別ではなかったと理解するためにも。そうしてできるだけ失ったものに、未練を残したまま苦い再出発をしないためにも。
目指す先が決まったチーム・サレ妻。安くない代償を払わせる。その決意に燃えて邁進しようとした矢先、事態は思わぬ方向に進み始めることになる。
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