第3話 二人の答え



「ウチ、離婚するわ! そんで現場乗り込む!」

「え……あの、みのりさん?」


 時間ぴったりに前回の席に集まり、腰を落ち着けるなりみのりが宣言した。弥生がポカンと目を見開き、絢子も胸を張ってすらいるみのりを慌ててとりなした。


「あ、LINE、交換しよ。そんで撮った証拠写真、ウチのだけじゃなくて全部送って!」

「そ、それはいいんですけど……え、ちょ、ちょっと待って、みのりさん。本気なの?」

「ガチだけど? あ、もしかして現場乗り込み禁止とか言う? 悪いけどウチ、絶対行くから!」


 今日もバサバサに盛られているまつ毛を、パチパチさせながらみのりが決意に拳を突き上げる。絢子は弥生と顔を見合わせて、興奮気味のみのりを、落ち着かせようとできるだけ穏やかに口を開いた。


「でも、みのりさん、妊娠五ヶ月なのよね?」

「うん。予定日まだまだ先だし。余裕! 絶対ウチも行くからね!」

「でも……」


 力強く宣言するみのりに弥生が呟き、絢子は眉尻を下げながらみのりを宥める。

 

「そうじゃなくて、子供が生まれるのに、その……離婚になっても本当に大丈夫なのかなって……」

「はぁ? なんで自分は離婚を決めたのに、ウチの離婚にそんな顔するわけ?」

「それは……! でも家には子供はいないし……」

「それって子供がいたら離婚しなかったってこと?」

「……子供をそろそろとは思ってたんです。元々年齢を理由に結婚が決まったようなものだったから。でも今回のことがわかって、身軽だからこそ離婚の決断ができたって言うのはあります」

「なら子供がいたら離婚しなかった?」

「……もっと迷ったかもしれません」

「ふーん……まあ、そこは人それぞれだよね。でもウチは浮気するようなゴミはいらない! 浮気してること聞いた時にはもう決めてたし」

「……父親がいなくなるんですよ?」


 恐る恐るか細い声で意見した弥生に、みのりは頬杖をついてため息を吐き出した。


「……それはまぁ、ベビーには悪いと思ってるよ。ウチの見る目がなかったせいだしさ」


 愛おしそうに膨らんだお腹を撫でる姿は、命を宿す母親の表情で絢子は唇を引き結んだ。絢子が結婚を決めた大きな理由の一つは、子供。でもそれはもう叶わない。


「家にゴミを残してケンカばっかりになって育てるより、ウチだけでもめっちゃ愛情込めて育てる。そう決めたの」

「でも……」

「ウチね、ぶっちゃけ今日まで離婚するかどうかより、シングルマザーの手当てとか、そういうのばっかり調べまくってたし」

「あっ……」


 思わず小さく声を漏らした絢子に、みのりがニヤリと笑みを浮かべた。


「ウチが何も考えてないと思った?」

「……ごめなさい。正直勢いに任せて言ってるのかって……」


 素直に頭を下げた絢子にみのりは肩をすくめた。


「別にいいよ。ウチ、なんでか昔からそう言うふうに見られがちだし」


 ふうとため息を吐いたみのりは、見た目に「なんでか」が非常にわかりやすく出ているとは思っていないようだった。


「まあ、友達も手伝ってくれるし、無理なら最悪実家に帰る。ウチだって、そんだけ覚悟も決めて考えてるから!」


 頷いた絢子にみのりはニッと笑みを見せて、片手を差し出した。


「そう言うわけで、LINE交換しよ? あと証拠写真、全部送って! 弥生さんも!」

「あの、すいません……私、まだ、どうしたらしいか……」


 涙声の呟きに沈黙が落ちる。必死に嗚咽を押し殺し肩を震わせ始めた弥生に、みのりが動きを止め絢子も視線を落とす。

 

「……そう、よね。簡単に決められることじゃないってわかってます。でももし離婚しないにしても、証拠はあった方がいいと思うんです」

「確かに。Xデーまではまだ時間があるわけだし、浮気の証拠を集めながら考えてもよくない?」


 Xデー。もういっそ楽しんでいるようなみのりに呆れながらも、提案は正論だと絢子も頷いた。


「でも……」


 惑うように瞳を揺らした弥生に、絢子は眉尻を下げた。

 

「……弥生さんは浮気をされた理由を知りたくありませんか? 私は知りたいです。証拠を集める過程でそれがわかるかもって思ってます」

「私も……理由は知りたいです……」

「もしわかんなくても、証拠を見せて脅せば吐くかもよ?」

「脅すって……」

「それにさー、弥生さんにはしんどいって吐き出せるとこ、必要じゃない? 正直弥生さん見てると、バレそうで心配なんだよね。ウチと絢子さんは離婚組だからさ、気づかれて警戒されると困るしー」

「……すいません」

「別に責めてないよ? たださ、一人でいると、思い出したりして暴れたくなるじゃん? そう言う時に普段通りにできるように、相談してきてくれたらウチも安心ってこと」

「……そうですね。私たちは同じ境遇です。事情も理解できてるし、辛さもわかります。だからこそ信頼できる味方になれるかも知れないって思うんです」

「絢子さん、みのりさん……」


 弥生は涙を拭くと、カバンからスマホを取り出した。額を突き合わせて連絡先を交換し、弥生は少し嬉しそうに画面を見つめた。


「……ねぇ、みのりさん? このチーム・サレ妻って……」


 みのりが作ったルーム名に絢子は眉根を寄せる。

 

「ん? なんか変? ホントのことだし、これで良くない?」

「まぁ、いいですけど……じゃあ、写真、送りますね」

「うん! あ、あとさ、二人ともとりあえず証拠集め、ウチに任せてくれない?」

「でもそれこそXデーに間に合うように、計画を立てて早めに動いた方が……」

「じゃあ、一週間でいいからウチに任せてよ。うまくいかなかったら、早めに言うし」


 何やら自信満々のみのりに、絢子は弥生を振り返る。弥生が頷いてみせ、絢子も渋々同意した。


「……わかりました。でも無理はしないでください」

「とりま二人は何もしないで、怪しまれないようにだけ気をつけててよ!」


 何やらハイテンションのみのりに、一抹の不安を抱きながら絢子は残りの写真も送信を終える。送り終えた写真を確かめながら、熱心にスマホをいじり出したみのりが、ふと弥生に顔を上げた。


「あのさ、弥生さん、聞いてもいい?」

「あ、はい……」


 弥生がハンカチを目元に押しあてなら、みのりに顔を上げる。


「なんでこの旦那と結婚したの?」

「え、なんでって……」


 予想していなかったのか、弥生が戸惑ったように眉尻を下げた。でも絢子にはみのりが疑問を抱く理由がよくわかった。絢子だけでなく、周りも常々抱いていた疑問だったから。

 

「……私も実はずっと気になってました。弥生さんって顔を合わせる前から、他社の私でも名前を知ってたくらい美人で有名だったんですよね。なのにどうして今井さんなのかって……」

「だよね……私も最初、モデルかってびっくりしたし。よりどりみどり選び放題なのに、なんでこいつなの?」


 さっき送ったばかりの写真を突きつけながら、みのりが弥生に首を傾げて見せる。

 女と腕を組んで歩く直樹は、単純に外見で褒めるところを探すとすれば、背が高いくらいしかない。長身も含めて採点しても、やや不細工という判定が妥当だろう。


「……センスがいいとか?」


 なんとか弥生が惹かれた点を探そうとするみのりに、絢子は思わず首を振った。


「いえ、服装のセンスは弥生さんと付き合い始めてから変わったんです。もっと言うと、今痩せてるのも弥生さんと付き合い始めてからで……」

「えー……弥生さんが尽くしまくったからってこと?」 


 やっと見つけ出したポイントも、弥生のおかげだと知りみのりが渋面になる。


「……弱みを握られてるとか?」


 ボソリと呟いたみのりに、弥生がむっと眉を顰める。


「そんなんじゃありません! その逆です! 彼は……直樹さんだけが、私を助けてくれたんです!」

「助けた……?」


 首を傾げた絢子に、弥生が力強く頷く。


「……私、後をつけられたり、宛名も切手もない手紙を送られたりすることが多くて。告白とかも断ると怒鳴られて脅されたりして……それでずっと男の人が怖くて……」


 弥生はみのりと絢子に向き直ると、静かに今井 直樹との馴れ初めを語り始めた。


 

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