第13話 マリアンヌの憂うつ
忍野さん以外にメイドの人がやって来て一週間ぐらいが経った。
姫様たちは沢山のメイドがいる状況に慣れているだろうから特に反応は無いみたいだったけど、俺はだいぶ緊張していた。
向こうも同じみたいだけど、一週間も経てば意外と慣れるものである。
「おはよう」
見かけたので挨拶をすると、向こうも作業を止めて挨拶してくれた。
今のは……誰だっけ?
まあ仮にC子さんだとしておく。
俺以外にも普通の人がいるって思うと気が少し楽になる所もあるので、正直来てくれて助かってる。
「はぁ」
そんな事を考えながら歩いていると、広間の方からため息が聞こえてきた。
何となく気になって覗くと、そこにはマリアが憂うつそうにしていた。
一瞬入るかどうか悩んだが、意を決してノックしてから入る。
「あら、聖さん。少し情けない所を見られてしまいましたね」
マリアは少し驚いたようではあったが、すぐに笑みを浮かべて俺を席に促す。
促されるまま椅子に座ると、マリアは置いてあったクッキーを上品に口に運ぶ。
そのまま黙り込むこと数分。
微妙な空気が流れるが、それを断ち切ったのはマリアの方からだった。
「聞かないんですの? 私が何故ためを吐いていたか」
「踏み込んでいい話題か分からなかったからね。気を悪くしたらゴメン」
「ふふ。気を使ってくださったのに悪くするなんて事はありませんわ。では聞いてくださるかしら?」
「勿論」
答えるとマリアはどこに隠していたのか大量の紙を取り出した。
「うわ。これって……手紙?」
「ええ。祖国であるアルビオンから」
数日前のだったか、異世界オーテクからの届け物が一斉に届けられたのは記憶に新しい。
姫様それぞれ届け物を受け取っていたらしいけど、こんなに大量とは思ってもみなかった。
「これ本当に俺が見ていい奴? 仕事関係とかあるんじゃ……」
「心配は無用です。国の秘事に関わる物はここにはありません。これは飽くまでワタクシ個人に贈られたものですので」
マリアが手紙を何枚か差し出してきたので、仕方なく読んでみる。
「えぇ~と? 『我が愛しのマリアンヌ王女、お元気でしょうか』……これって」
「ええ、恋文ですわね。『元』婚約者たちからの」
やけに元を強調してたが、とにかく文を見る限り間違いなくこれはラブレターだ。
残りの数枚を確認してみても、言葉はそれぞれ違うけれど同じような内容。
「……全部?」
「ええ」
初めて見るマリアのめんどくさそうな顔に驚きつつも、山のようにある手紙の返事を返さないといけないかと思うと気持ちは分からないでもなかった。
「それにしても、こんなに婚約者いたんだ」
「昔の話ですわ。ほとんどが会った事もありませんし」
「流石は姫様ってところかな」
「……一つ、質問してもよろしいかしら?」
「な、何?」
妙に真剣な目をしてマリアが質問してくるので、思わず変な受け答えになってしまった。
そんな事は気にせずマリアは問いかける。
「今の話を聞いて、嫉妬はしたりしませんの? 今はアナタの、アナタだけの婚約者だと言うのに」
「それは……」
どう答えていいものか迷ってしまうが、悩んでいても仕方ないので思った事を口にする。
「ごめん。正直言って嫉妬とかはあまり無い、かな」
「……」
「けどもしマリアが嫌な相手と結婚させられると言うのなら、力の限り何とかしてみせるよ」
「……ふふ、その時は是非お願いしますわ。まあ聖さんがワタクシを娶ってくれればそんな心配もなくなるのですけど」
「そ、それは」
「そんな様子では三年も要りませんわね。意思を貫きたいのであれば、もっと心を強くしないといけませんわよ」
「はい、姫様」
手痛いお言葉に対して返事をすると、マリアは今日初めての笑みを浮かべてくれた。
何はともかく気分が良くなってくれたのなら話した甲斐もあるというものだ。
「さて、ワタクシはこれから返事を書かねばなりませんので部屋に籠りますわ」
「何か手伝えればいいんだけど、流石にな」
俺が返事を書いても意味がない上に、下手をすれば逆上させる可能性もある。
何せ向こうから見たら婚約者を奪った立場なのだから。
「……無い事はありませんわ」
「え?」
驚いていると、マリアはなにやらゴソゴソと取り出してみせた。
「それって」
「ええ。忍野さんがこの間『すまほ』を全員に配ってくれました。まだ使い慣れてはいませんが写真を取る事ぐらいは出来ますわ」
そう言えばこの間、念のために姫様にも端末を渡すって忍野さんが言ってたっけ。
だけどそれとこれとが何の関係があるのだろう?
「ワタクシに未だ恋文が送られてくるのは、聖さんと上手くいってないと思われてる点もあると思います。そこで一緒に写っている写真を送れば」
「諦める人も出てくる?」
「少なくとも牽制にはなると思いますわ」
「その位でいいなら、よろこんで」
「では早速」
マリアは言うが早いか、素早く俺の横に移動すると慣れない手つきでスマホを弄り始める。
「ちょっと待って欲しい」
「何ですの?」
「何で腕組みなの?」
かなりガッチリ腕を組まれてもう痛いぐらいではあるが、それより何より腕を挟んでいるマリアのとっても大きなものが気になって仕方ないのである。
「あら? 仲の良さをアピールするのですから、この位近くなくては。それとも何か問題でもありますの?」
ニヤニヤした様子で見ているところから見て、どうやら分かっててやっているらしい。
「な、何もないよ」
これ以上言っても無駄だと判断して、ここは素直に従っておく。
それから数分して、ようやくマリアのスマホからシャッター音が鳴り響いた。
ホッとしたような少し残念なような気がしている中、マリアは少し考えこみながら口を開いた。
「申し訳ありませんが、もう一枚だけよろしい?」
こっちの返事を待たずに、再びスマホを準備するマリア。
しょうがないと諦めつつシャッターが切られるのを待っていると。
頬に柔らかいものが押し付けられた。
「え?」
振り返る間もなくシャッター音が聞こえる。
急いで横を見てみると、そこにはマリアの顔が超間近にあった。
「ふふ。相談に乗ってくれたお礼ですわ」
そう言いながらマリアは足早に去っていった。
広間に残されたのは、間抜けな顔をした俺と。
哀れに残された恋文のみであった。
あとがき
えー、前週は更新できずスミマセンでした。
師走に入って色々バタバタしていたので、つい。
それはともかく、目標の十万文字まであと半分ほどとなりました。
それまで全力で頑張っていきますので、皆さまご愛読の方をよろしくお願いします。
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