第10話 禁断の夜会

  ―草木も眠る深夜帯。

 屋敷内をこっそりと動く影が一つ。


「……」


 その影は周りを気にしながら、真っ直ぐにある場所へと向かっていく。

 ……まあその影というのは俺な訳なんだけど。

 今回ある目的の為にこうやってコソコソとある場所へと足を向けている最中なのだ。

 一応言っておくが決して夜這いでは、ない。

 そんな勇気もないし、そもそも手を出したらその時点でジ・エンドなのだから。


(あった!)


 そうこうしている内に目的の場所へと辿り着いたようだ。

 極力足音を消しながら、その部屋の扉を開ける。

 予想通り、部屋は真っ暗で誰もいない。

 取り敢えず電気をつけようとスイッチを手探りで探していると。


「聖くん? どうしたのこんな時間に?」

「!?」


 見つかってしまった。

 必死に声を出すのを我慢しながら確認すると、そこには寝間着姿のエリがいた。


「ど、どうしてこんな所に!」


 極力小声で話かけるが、エリは気にした様子もなく何時ものように話始める。


「え~? 何か動いてる気配がして様子を見に来たら、聖くんがコソコソしてたから後を追ってみただけだよ?」

「ぜ、全然気がつかなかった」

「ポセアニアでは船に乗る事が多かったからね。静かに歩くのが習慣になっちゃって」


 エリは楽し気に言うと電気のスイッチを見つけて押してくれた。


「で? 何してるの? こんな誰もいないキッチンで」


 そう、今居るのはキッチン。

 普段は忍野さんしか入らないため、一番使われない場所と言っても過言ではない。

 そんな場所にこんな時間に何故いるのか?

 その答えは一つしかない。


「ち、ちょっと夜食を……」

「あ~、いけないんだ! こんな時間に食事だなんて」


 さっきも言ったが時間はすでに深夜。

 食事をするには遅すぎる時間である。


「分かってはいるんですけど、どうしても小腹が空いて」


 だが腹は完全に夜食を食べる気分になってしまっている。

 忍野さんに頼めば用意してくれるのかも知れないが、流石にこんな時間に起こすのも気が引けた。


「こ、ここは何とかお見逃しを」

「う~ん、どうしようかなぁ~?」


 頼み込む俺に対して、エリは心底楽しそうにニヤニヤしている。

 まるで悪戯を思いついた笑顔を見せる彼女に少しドキッとする所はあるが、今は色気より食い気な気分である。


「そうだ! 私にも何か食べさせてよ!」

「え!? で、でも」


 食べる物がアレなだけに流石に気が咎めるが、エリは困ったように腕組みをする。


「じゃあ忍野さんに言っちゃおうかな~?」

「分かりました。……絶対忍野さんには内緒ですよ」


 こうして共犯関係(ほぼほぼ脅されながらも)となったエリと共にキッチンの棚を漁る。


「それで何を食べるの?」

「予想ではこの辺に……あった!」


 予想通り棚には日本が生んだ大発明である食品が数点用意されていた。

 その中の二つを手に取って、俺はエリに見せる。


「? 何これ?」

「インスタントラーメンって言って……まあ見てたら分かります」


 ポットに水を入れて火にかけてお湯にしてインスタントラーメンにかける。

 珍しくもない行動だけど、一個一個の動きに驚きを返してくれるエリが新鮮だった。

 そして待つ事数分。

 今となっては懐かしくすらあるラーメンの出来上がりだ。


「うわ~! これだけで出来ちゃうんだ! 凄いね!」

「折角食べるんだから冷めない内にどうぞ」

「いただきます!」


 エリは待ちきれないとばかりにフォークを手に取ると、麺を絡めて口へと運ぶ。


「ん!? これ美味しい!!」

「あ~この味。何時もの料理も美味しいけれど、この味も堪らないんだよな~」


 俺に取っては久しぶりの味。

 エリに取っては新鮮な味にしばらく無言で食べ進んでいたが、残りが半分ほどになって彼女が口を開く。


「こっちは凄いね。こんなに簡単に美味しい料理が出来ちゃうんだから」

「そうですね。そういう意味ではとても恵まれてますよ、ホント」

「さっきも言ったかもだけど、ポセアニアって船で移動する事が多くてさぁ~。いや船旅は好きなんだけどね? 中々好きなものを思いっきり食べるって事が出来なくて」

「それは……そうでしょうね」


 幾ら異世界といっても全てが魔法でどうにかなる訳じゃないだろう。

 かと言ってエリが我が儘し放題というのも……何かイメージが湧かない。

 これもいい機会かも知れないので、少し質問をしてみる。


「エリはどうしてこの婚約話を受けようと思ったんですか?」

「え? 楽しそうだったから」

「……」


 あまりにも単純で直球な理由に言葉を失っていると、エリはどこまでも楽しそうに笑顔を見せてくれた。


「まあ私しか王女がいないってのもあったけどさ、やっぱり一番は楽しそうだったから。一度しかない人生なんだから、楽しんだ者勝ちだよ? あ! 人の迷惑になるような事は勿論駄目だけどね!」

「楽しんだ者勝ち」

「そうそう! どうせなら皆が笑顔の方がいいよね!」

「何と言うか……エリもちゃんと王女、なんですね」


 普段の態度とか見てるとどうにも王女には見えないけれど、考えは立派に王族なんだと思えた。


「あ、酷~い! あんまり王女らしくないのは自覚してるけどさ」


 拗ねたように少し冷めたラーメンを口にするエリをよく観察してみると、一つ一つの所作に品があるように見える。

 船旅が多いとは言っていたが、肌が荒れてる様子もなく綺麗だ。


「あ、あのさ」

「はい?」

「流石にそんなに見られると恥ずかしい、かな?」


 どうやら知らない間にジッと見ていたようで、エリが少し顔を赤くしていた。


「ご、ごめんなさい!」

「どうせアレでしょ? 女の子ぽくないな~とか考えていたんでしょ?」

「え、そんな事ないですよ? エリは十分女の子してると思いますよ?」

「うっそだ~。よく言われるし」

「いやいや。俺から見たら十二分に女の子ですって」


 身体つきとか、は流石に口にしないけれど。

 俺がそう思っていると、エリは顔を真っ赤にしながら残りのラーメンを食べきってしまい。


「あっ!」


 俺の方の残っていたラーメンをもあっという間に食べきってしまう。


「変な事言った罰! あとご馳走様!」


 早口で言い切ると、エリは早足でキッチンを出ていた。

 仕方なく片づけをしていると、エリが扉の向こう側から顔をひょっこりと出して小声で伝えてきた。


「また、誘ってね」


 そう言うと今度こそエリはキッチンから去っていった。

 その後、まるで見計らったようにやって来た忍野さんに俺は夜食を怒られたのであった。




 あとがき

 今回はここまでとなります。

 夜食……美味しいですよね。

 今回はエイリーに焦点を当てた回となりましたが、皆さん如何でしたか?

 正直ネタ切れ気味ですが、何とか10万までは書き切りたい所存であります。

 ではまた次回にてお会いしましょう!

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