第11話 緊迫の勉強会

「はぁ~」


 だいぶ歩き慣れた屋敷内。

 だというのに俺の進む足は途轍もなく重い。

 俺はいまある人物に呼び出されて部屋へと向かっている最中なのだ。


「でも何だろうな。マリアの用って」


 異世界オーテクはアルビオンから来たという王女、マリア。

 色々とビックな人ではあるが、何故か俺にグイグイと一番積極的だ。

 まあ理由は俺の血なんだろうけど、それでもあんな美人に迫られるだなんてちょっと嬉しい気分も否定できない。


「でもな~」


 理由が理由だけに素直に喜ぶ事もできない。

 そもそもマリアだけに限らず、全員が俺ではなく勇者の血筋が欲しいだけなのだから。


「勘違いしちゃいけないよな」


 とは言えこうして誘われた以上は行くのが礼儀だろうし、別に嫌っている訳ではないのだから行かない理由もない。

 本当は忍野さんにも同席してもらおうと思ったのだけど。


「申し訳ありません聖さま。今より数時間、屋敷を離れてます」


 そう言って出かけていったのだ。

 という訳で、この屋敷内には現在姫様たちと俺を含めても五人しかいない。

 それも他の姫様たちもいまは手が離せないらしく、結局のところ一対一で会うしかないのだ。


「……着いてしまった」


 あれこれ考えている内にマリアの部屋までたどり着いてしまう。

 気持ちを落ち着かせるために、一度深く深呼吸。

 覚悟を決めると、扉をノックする。


「どうぞ」


 部屋の主から了承を得て、俺はドアを開ける。

 そこには映画やアニメでしか見た事ないようなベットを始めとした家具や、何だか高そうな絵が飾られていた。

 だが、それらよりもまず目を引くのは優雅に紅茶を啜っているマリアであった。


(やっぱり、絵になるな)


 ただ紅茶を飲んでいるだけだと言うのに、まるで一枚の絵画のような美しさがそこにはあった。


「見惚れてくれるのは嬉しいですけれど、レディを何時までも待たせるものではないですわ」

「あ。す、すみません」


 慌てて頭を下げて謝ると、今度はクスクスとした笑い声が聞こえてきた。


「冗談ですわ。けれど今後こういった機会も増えるのですから、免疫はつけておいても損はないでしょうね」

「は、はあ」


 あまり現実感のない事を言われ、思わず気の抜けた返事をしてしまう。

 怒られるかと思ったが、マリアは変わらず笑みを浮かべている。


「本当に、可愛らしい方ですわね」


 ポツリと聞こえたその言葉にどう返していいか分からなかったが、きっと俺の顔は赤く熟していた事だろう。


「そ、それで。何のご用なんでしょうか?」


 俺が改めて要件を聞くと、マリアはゆっくりと立ち上がって近づいてくる。

 まるで金縛りにあったように動けない俺の耳元に、そっと口を近づけると彼女はこう言ったのだった。


「この国の歴史、教えてくださらないかしら?」

「……はい?」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「歴史を知るという事は、その国を知る事において重要な要素ですわ」


 マリアにそう言われ、突如始まった歴史の勉強会。

 幸いと言うべきかは分からないが、既に資料なんかは忍野さんに頼んで用意してもらったらしく山積みにされていた。


(というか、知ってたのなら忍野さんも教えてくれても良かったのに)


 そんな事も思いつつ簡単に歴史の流れを辿っていって、今は戦国時代。

 日本史は苦手ではないので、教える側としても苦ではなかった。


「やはり魔王はいなくとも、戦いはどこの世界でもあるものですわね」

「偉そうな物言いになりますけど、やっぱり国同士となると衝突も激しくなるものですから」

「仕方ない事、と割り切るには大きすぎる問題ですけど」


 そう、勉強自体は順調に進んでいる。

 ……問題があるとするなら。


「あのマリア? いえ、マリアンヌ王女?」

「あら、マリアでよろしいですわよ」

「一つお聞きしてもよろしいですか?」

「何でもお答えしますわ」

「……どうしてこんなに距離が近いんでしょう?」


 現在俺とマリアは隣同士、座って勉強している状況。

 そこまでならいいが、椅子と椅子の距離がほぼゼロ距離。

 肩と肩が触れ合っているどころか、少し動いただけでマリアのご立派なものが腕にダイレクトに当たりまくっている状況だ。

 それに対するマリアの返答は。


「それでこの先なのですけど」

「さっき何でも答えるって言ったじゃん!」


 完全なスルーであった。

 激しい手のひら返しに思わずツッコミを入れると、マリアは不満げに距離を取ってくれた。


「全く、どこが問題ですの?」

「こ、こういう事は恋人同士とかでやる事だと思いますが」

「恋人飛び越えて婚約者じゃないですわよ? 引っ付くには十分な理由だと思いますけど?」

「うっ」


 思わず言葉に詰まっていると、マリアは身を乗り出して俺に覆いかぶさるようになる。


「一つ、ここに宣言しておきますわ。ワタクシは期間が三年あるとは思っておりません。常に今日が期限だと思ってアナタを誘惑させてもらいます」


 その眼は真剣そのもので、ふざけている気配は全くなかった。

 何て返せばいいか分からないでいると、マリアは椅子に戻って再び本へと目をやる。


「さあ、勉強の続きをしましょう?」

「は、はい」


 その後は大した事もなく、近代まで話を進めたところで一旦お開きとなった。


「大変興味深かったですわ。できれば今後も教えて頂きたいのですが、如何ですか?」


 距離が近いのはともかく、こっちの世界に興味を持ってもらうのは悪い事ではないと思うので二つ返事で承諾した。

 その時見せてくれた笑顔は、とても自然で美しいもので。

 少しだけ、マリアに対する苦手意識が薄れたような気がする一日だった。




 あとがき

 今回はここまでとなります。

 グイグイと距離を詰めようとするマリアンヌ。

 果たして聖の理性は三年も持ちこたえる事が出来るのか?

 他の三人の姫はどう動くのか?

 今後をお楽しみに!

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