ぶためんのうた

@guest15532

ぶためんのうた

ブタメンBIGを買った。家に着き、着替えもせずすぐに蓋を開け、お湯を入れる。3分経って蓋をはがすと、あの時と同じ匂いがした。


僕が小さかったころ、近くの駄菓子屋にぶためんが置いてあった。60円だった。駄菓子屋の中では他のものより高くて、小学生だった僕らにとっては高価な物だった。だから、ぶためんを買うには少しの勇気が必要だった。でも、どうしてもぶためんを食べたくなるときがある。そんなときは、大金と思えた小銭をちっちゃな手で握りしめ、友達と駄菓子屋へ行ったものだった。


--ガラガラッ

少し重い駄菓子屋の扉を開ける。

--またお客さんが来たみたいだ

そう言わんばかりに、様々な駄菓子が僕たちを見つめてくる。

色とりどりのパッケージ。ポップなフォント。そんな駄菓子たちに、僕らはいつも目を奪われる。でも今日のお目当てはぶためんなんだ。構ってはいられない。

「はい、60円ね。お湯は入れてく?」

駄菓子屋のおばちゃんのいつもの穏やかな声。

「食べてく」

「あんまり食べるとご飯食べられなくなっちゃうからね。食べすぎないようにね」

「ご飯はまだ先だから大丈夫だよ」

「そうかい」

おばちゃんがカウンターに砂時計を置いた。砂は淀みなく、さらさらと落ちていく。

「はい、3分ね」


店内に据えられた、大きな板に足をつけただけのイス。くすんだ茶色で、そこらじゅう傷だらけのイス。座って体を揺らすとギシギシと音が鳴った。何だか妙に心地よくて、友達と何度も体を揺すってみる。ついでに足なんかもぶらぶらさせてみて、ぶためんが出来上がるのを今か今かと待っていた。


それでも待ちきれなくて、砂時計の砂が無くなるより早く僕らは立ち上がる。

砂時計に顔を寄せ、じっと砂が落ちるのを見つめる。

--どうして砂はもっと速く落ちないんだろう。もしかしてたまに詰まって遅くなってたりしないだろうか

考えてる間にも砂は落ち続け、気付けばあと少しになっていた。


「はい、できたよ」

おばちゃんがぶためんを渡してくれる。

「熱いから気を付けてね」

ぶためんの蓋を押さえるために刺されているちゃちな透明のフォーク。外してみると少しだけ蓋が浮いた。

「こぼさないようにイスに座って食べるんだよ」

この蓋を開ければ湯気と一緒に、あの香ばしいとんこつの匂いが立ち上ってくる。これのために僕たちは60円と少しの勇気を握りしめて、そこから気が遠くなるような時間を待ったんだ。そう思って友達を見ると、友達も僕を見ていた。その顔はにやついていた。僕もにやにやしていた。2人でイスに座って、蓋に手を掛ける。


大きくなった僕は今、部屋に一人ブタメンBIGを食べている。割り箸で食べるその味は、小さかった僕があのちゃちなフォークで食べていたぶためんと同じような味だ。同じようなはずなのに、どこか少し味気ない気がした。

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