薄情者たちの集い
虎娘
もぅ!
これは私が就職して2年目を迎えようとしていた頃の
医療現場で働く私はその日、先輩の送別会に参加する予定をしていた。
先輩には新人時代、指導者としてお世話になっていた。右も左もわからない新人指導は骨が折れる、と言われている中、みっちり指導を受け、厳しいながらも愛情いっぱいに育ててもらった。そんな先輩が結婚を機に退職すると知り、私は「参加するしかない!」との思いで送別会に参加の意を示した。そして自ら幹事をすると名乗り出たのだ。
迎えた送別会——。
事前に参加者を募り、人数がある程度集まった段階で先輩の希望に合わせ、某有名焼肉店を予約。予算は特になかったため、店舗でおススメのコース料理+飲み放題プランを予約。料金(送別対象の先輩分は割り勘)を掲示し参加者を募った。全員参加、というのが難しい中、先輩の人柄の良さなのか、スタッフの半数以上が参加することになった。
総勢20名ほどが集まり、当日は座席数が多い2階フロアへと案内を受けた。幹事を務める私は、店舗入り口で集金をし参加者を2階へと誘導していた。
さすがは医療従事者、とでも言うべきか、誰一人遅刻することなく集まった。
開始時間と同時に、アルコール飲料やソフトドリンクが運ばれ、コースで頼んでいた美味しそうなお肉も運ばれてきた。
「乾~杯!」
グラスをカチンっ、と鳴らし至福の一杯を口に含んだ私は気分よくお肉焼き係をしていた。
「さすがは有名なだけあって美味しい!そんな気ぃ遣って焼いてばかりいんと食べ!」
そう言われるだけでも私は嬉しかった。
職場では普段あまり話せない方々と、和気藹々話せるのがこういった飲み会の席なので、羽目は外さない程度に楽しんでいた。
不思議なことに、楽しい時間はあっという間に過ぎていくものだ……。
店員から「ラストオーダーの時間です」と言われ、最終ドリンクオーダーを頼んだ後、私は幹事として支払いをするため1階へ降りようとしていた。
階段へ足を踏み入れた瞬間——
ドドドドドドドドドド
私自身、階段を踏み外し1階まで落ちたことに気付くまでほんの数秒。
――は?
「大丈夫ですかっ?」
店員の声でようやく状況を掴めた私。
右足に少し痛みを感じるも、意識はしっかりとあった。
――頭は打ってないみたい。いたたた……足……挫いたか?
目の前には心配するように私の顔を覗き込んでいる店員の姿。
そして、一瞬静まり返った店内が急に騒がしくなり始めた。
「ちょ、くはははははは」
「まじかぁ!」
「えぇ~そんな事ある~?ふふふふふ」
「漫画みたいな光景、初めて見た!ははははは」
盛大な笑い声は、あろうことか医療従事者が集う2階から聞こえてきた。
1階にいる他のお客さんの表情は心配している、ように見えるが、笑いたくても失礼だから我慢しているような様子だった。
医療従事者だからといって、目の前で人が転落しても助けるどころか爆笑する薄情者たち。
私は彼らの真の姿を見た気がした——。
そして、その場で誰よりも心配してくれた焼き肉店の店員さんの姿は神々しく見えた。
足の痛みが続いていたため、後日病院を受診すると、案の定くるぶしにヒビが入っていた——。
骨にヒビが入っていても対症療法しかなく、鎮痛剤を飲み、痛みを抱えながら出勤すると、更なる追い討ちが待っていた。
「飲み会で階段から落ちたって?」
「ヒビも入ってるらしいやん」
「その場にいたかったわぁ」
「誰か動画撮ってないの~?」
ここにも薄情者が……、というか、なぜその場にいない人たちがこの事を知っているんだ?
冷静な態度で訊いてみることにした。
「どなたからお聞きになられたのですか?」
「先生から聞いた」
「……」
これは立派な個人情報漏洩ではないか!
もぅ!
不幸話というものは時が経っても錆びないもので、この話は何年もの間、語り継がれることとなった。
薄情者たちの集い 虎娘 @chikai-moonlight
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます