とある不動産の一幕(KAC2024)
ファスナー
とある不動産の一幕
「はぁぁっ。またダメだったぁ。」
日曜日の真昼間からくそ重いため息をついているのは俺の同僚の
「元気ないな、白井。またやられたのか?」
「ああ、その通りなんだよ、黄瀬。」
俺の名前は
俺達は不動産の販売部門の営業を担当していて3年前から同じ事務所で働いている。
そんな中で白井はお客様の受けがいい。
顔は爽やか系イケメンで接客が丁寧でわかりやすい説明をしてくれるのだから当然と言えば当然だ。
それは住宅の内覧に出かけても同じ。
白井がアテンドした客は10組中9組は契約する気満々で帰ってくる。
普通の営業マンならそのまま契約の流れになるんだが、白井の場合はそうはならない。
「内覧していただいて喜んでいただけるのは嬉しいのですが、家というのは一生に一度の買い物です。
ですので後悔しないよう、一度持ち帰って検討してみてください。
検討した結果、購入の意志が固いようでしたら契約に進んでいきましょう。」
そう促して、一旦検討をさせる。
だが、白井の客はほぼ100%の客が購入希望をしてくる。
えっ?
それなら営業成績が優秀なんじゃないかって?
残念ながらそう上手くはいかないんだな。
「聞いてくれよ。今回は買付までいったんだよ。
なのにさぁ、まさかの一括だよ。」
白井はそう言うとガックリと項垂れた。
買付というのは買付証明という、客が物件購入の意思表示のこと。
売主と交渉テーブルにつくことを意味するのだが、この時点では契約には至っておらず法的拘束力はない。
それでも、買付希望の早い順に売主と交渉できるのだから、早い方が有利となる。
ただし、その優先順位は支払い方法によって変動する。
一般的な支払い方法は35年などの長期ローン。
その場合、銀行のローン審査をクリアしないと融資が受けられないため手続きに時間がかかる。
一方で、多くはないが現金一括払いをする客もいる。
その場合、ローン支払いをする人よりも優先される。
売主からすれば、リスクが低い方と契約した方がいいに決まっているからな。
で、今回はローン審査中に現金一括購入を希望する客が現れたんだと。
当然ながら白井の客は白紙になったという訳だ。
「こればっかりは仕方ねぇよ。
だけど安心しろって。俺もフォローに回るからよ。」
「いつもごめん。いつか借りは返すから。」
「そんなこと気にすんなって。」
「営業成績トップは流石だね。ありがとう。」
いつも白井は感謝の言葉を述べてくれるが違うんだ。
営業成績がトップなのはお前のおかげだよ。
なにせ、白井は客をその気にさせるのが上手い。
俺のアテンドする物件が白井のそれとバッティングして合同で内覧することになった時には、俺の客さえもその気にさせるくらいだ。
そんな時は、事務所に戻ったらすぐに契約の話をするようにしている。
そうするとトントン拍子で契約を結べるからな。
そうそう、今回の客はラッキーだったよ。
なにせ現金一括で購入してくれたんだからな。
だから、ありがとうな。白井。
了
とある不動産の一幕(KAC2024) ファスナー @chack_3
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