第4話

 彼と一緒に、駅のホーム。

 電車を待っていると、いつもの調子で彼は話しかけてくる。



「さっきの不動産屋さんで、良い物件が見つかりそうだね」

「そうだね。あの不動産屋さんに任せたら、きっと良さそうだよね!」


「確かに、感じの良い店員さんだったしね」


 とても感じが良かった。

 女性の店員さんは、名前は覚えられなかったけれど、男性の店員さんの名前は、佐々木さん。


 カッコよかったなぁ……。


 佐々木さんの事を考えるだけで、胸が締め付けられる。

 なんだろう、この気持ち……。



「………………?」



 なんだか、佐々木さんで頭がいっぱいだよ……。


 佐々木さんから「子供は、何人が良い?」なんて聞かれて……。

 そんなこと聞かれたら、頭真っ白になっちゃうよ……。


 あの顔を思い出すだけで、身体も熱くなる……。



 そんなことを考えていると、目の前に見慣れた顔があらわれた。



「……未羽みう、聞いてた? ‌ぼーっとしてどうしたの?」

「……え、あ、えっ? ‌なんだっけ?」


 彼は心配そうにしながら言ってくる。


「今日は、移動が長かったから、疲れたのかな?」

「……う、うん。そうだね。疲れちゃったな」


 私、ちぐはぐなこと言ってるかも。

 ちゃんと会話を合わせないと。



「じゃあ、今言ってた所で、ご飯でも食べながら考えようか?」

「う、うん、そうしよう。私、お腹空いちゃったよ!」


 ホームに電車が来ると、それに乗り彼が予約しているというレストランに移動をした。


 都会の電車から見える夜景は、私にとってはすごくキラキラして見えた。

 光がいっぱいで、眩しくて直視できない感じだよ。

 ……佐々木さんみたいに。



 ◇



 都会らしい、オシャレなホテルの一角。

 そこにあるレストランが彼の予約していた所であった。


 床には、ふかふかの絨毯。

 それに、机にテーブルクロスが敷いてあると言うだけで、私は高級そうだなと思ってしまう。


 机の上には、並べられたフォークとナイフ。

 紙のナプキンが掛けられて置かれている。


 そこだけ取ってもオシャレと感じていたが、彼の後ろ側には、綺麗な夜景まで広がっている。


「……ここ、高かったんじゃない?」

「大丈夫、大丈夫。今日はお祝いだからさ!」


 そう言っていると、早速前菜が運ばれてきた。

 私の頭には入ってこない、初めて聞く横文字の料理を言われた。


 そんな料理から顔を上げると、彼の優しい笑顔があった。


「それじゃあ、お祝いをしよう」

「うん。ありがとう!」


「就職おめでとうー!」


 チーンと、二人のコップの縁を重ねる。


 こういう場所だと、乾杯の音までオシャレに聞こえちゃう。

 ちょっと背伸びしてるのかな?

 ‌都会に住んだらこういうのが当たり前になるのかな?

 ‌そうだとしたら、嬉しいな。


 こんなところで食べるなんて、今まで無かったし。


 彼は、どこでこんなオシャレなお店を知ったんだろう。


 ‌「どう? ‌美味しい?」

 ‌「うん! ‌すごく美味しい!」


 きっと、私のために調べててくれたのかな?

 そう思うと、嬉しいな……。


 私も都会のお店を探したいも思い、彼に聞いてみる。


「こんなオシャレなところ、探してくれて嬉しいよ。どうやって見つけたの?」

「……はは、秘密だよ。ここ、良いところでしょ?」


 恥ずかしがってる姿も、なんだか愛おしい。

 もう、不動産屋さんの佐々木さんのことは頭の外に追いやられていた。



「今日はね、ここのホテルを予約しておいたんだ。二人分ね」

「……えっ、本当? ‌嬉しい!!」



 なんだか、とても楽しい一日だった。

 これから、都会での暮らしが始まるんだなって感じる。

 希望で、全部がキラキラして見える……。



「私、幸せだよ……」

「俺も」



 ワインを飲みながら、素敵な食事。

 メインディッシュは、美味しい肉料理だ。


 ナイフが必要ないと思っちゃうくらい、すぐに切れる。

 こんなに柔らかい肉初めて。


 切れた肉を頬張ると、口の中に甘い肉汁が広がる。

 美味しい肉って、甘いんだな……。


「やっぱり、悠真ゆうま君が選んでくれたお店最高だよ」


 私がそう言うと、彼は照れて笑っていた。



 ◇



 食べ終わる頃には、少し酔いが回っていた。

 ‌身体が火照るのを感じた。


「……ごめん、飲みすぎにゃったかも」

「いいよいいよ、君のお祝いだから」


 ‌ふふ。やっぱりいいな……。

 ‌悠真君……。


 食事を終えると、今日泊まる部屋へと向かう。 

 ‌私は、千鳥足を彼に支えて貰いながら歩く。


 ‌そして、エレベーターに乗ると、ついつい彼を求めてしまう。

 ‌ドアが閉まると、彼に抱きつく。


「ねぇ、こっち向いて?」

「え? ‌そういうのは、もう少し待っ……」


 唇を押し付けて、彼の口を塞ぐ。

 食事の続きで、悠真の唇を食べるようにハムハム甘噛みをして、弾力を確かめる。


 そっと唇を離す。


「……何を待てばいいのかな? ‌もう、二人きりなんだよ?」


 息継ぎのため唇を離し、彼にそう言うと、再度唇を求める。

 今度はもう少し深いキス。

 舌に触れる柔らかさを二人で確かめ合う。


 さっき食べた柔らかい肉は、最上級の物だと思ったけれども。

 ‌まだ上があったみたい……。



「悠真……」




 ――チン。



「……あれ、もう着いちゃうんだ。……残念。エレベーターまで、オシャレな音を立てるんだね」


 ふふ……。

 ‌メインディッシュは、まだこれから……。


「早く部屋に行って、続きしよう?」


 久しぶりにあった時の情事は、激しくなるもの。

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