新人類

眠り兎

第1話 日常の変化

 午前7時45分いつもの登下校道「早朝のうちに止んでよかった」1人呟き朝露で濡れ、静まり返った道に生えた紫陽花を横目に制服着崩し学校へと俺は足を運んでいた。幼馴染の香坂(こうさか)ゆいの声が聞こえた。数十メートル先といったところだろう、性懲りもなく俺を驚かせようと考えていることが丸々声に出ているのが聞こえる。




 学校が近くなってくるにつれ、少しずつ聴力を下げていく。ゆいの声が聞こえた場所付近で分かってはいたが上から「皐月(さつき)ーー!!」俺の名前を呼びながらゆいが無防備に俺の目の前に落ちて道に勢い良くぶつかった。本来こういう状況に陥ったら救急車を呼ぶのが普通だが、ゆいはとにかく自己治癒能力が高い、足の単純骨折なら数時間、複雑骨折でも半日程度で治るのだから末恐ろしい。なぜこんな人間離れした芸当が出来るのかそれは俺が生まれるより過去にさかのぼることになる。




 俺が生まれる数十年程前、日本に新たな扉が開かれた、それは特別な能力を持った子が生まれた事。能力と言っても火を出したり、電気を放電できるほど基本的に派手ではなく、基本は自身の肉体操作や占いをするその程度の能力がほとんどだがしかし、淡い期待を寄せ次世代の子を総称して世の中は新人類と呼び、どうすればそんな金の卵のような子が生まれるか誰もが血眼になって研究したが十数年経った未だに不明だ。俗説だったはずの、非凡な親から生まれた子は新人類になりやすいという説がいつの間にか一般説になっていった。実際多いのだから誰も否定しようとしない。




 こうして俺は自分の五感を操ることができるのだが、クラス内の風当たりは基本的に冷たい。理由は単純なもので非凡な才を持った家庭から育った人からしたら極々平凡な家庭から生まれた俺を同じ新人類として認識し難い、ただそれだけのことではないのも事実だが。




 足がまだ折れっぱなしのゆいを背負いながら学校につくと香坂護衛隊こうさかごえいたい(自称)が奪うようにひっぺ剥がし「御巫(みかなぎ)さんいっつも言ってること覚えてないんですか?」「その汚れた手で香坂さんに触らないで汚らわしい」と吐き捨て、触れたらすぐ割れる宝石でも扱うかのように丁寧に座らせた。どうにもクラスのほとんどが俺がゆいを虐めているという解釈を2カ月前からしているらしくそのことをゆいも何度か否定したことはあるが効果がなく、自己判断で俺だけが軽蔑の標的になることで現状維持を保つことにした。当の本人(香坂ゆい)は基本的に学校で授業中ですら穏やかに寝ているのだからまったく気づかない。起きるのは自分の身に危険を感じる時か自然に起きるかの二択だ。俺は自分の席に何事もなかったかのように座り、自分で作った味方のいないクラスの冷たい雰囲気を感じながらいつものように1人で1日を過ごした。




 ゆいが起きるまでの時間。図書室で本を読んだり課題をして時間をつぶしているのだが、護衛隊は監視としていつものように虐めていることに対して苦言を呈していた。課題に手をつけ聞いてる振りをしながら少しずつ聴力を下げ雑音。結局護衛隊の皆様は1時間も経つとバイトの時間や門限が近いと帰っていった。




 夕日がきれいな時間になりそろそろ起きる頃と1人教室に向かう。しかし廊下を歩いていると違和感を感じた。半数の生徒は帰り、耳を澄ましてみると部活が終わった生徒の話し声が聞こえる、ここまではいつもの日常通り、だが、ゆいの声が聞こえない。いつもなら考えた悪戯が口に出ていたり俺を待つ間鼻歌を歌うぐらいには陽気だ。静かでいるわけがない。嫌な予感がして俺は急いで教室に向かった。教室に付くと幼馴染がいた場所の机と椅子が散乱、床には水気のある泥が靴の形に残り、窓の外を見ると壁に泥が付いていた。平穏な日常が非日常に変わる情景がそこには広がっていた。




 どこに居るのか手がかりもない状態で急いで階段を駆け下り聴覚を限界ギリギリレベルまで上げた。もう他に生徒がいる声はしない。声は職員室そしてなぜか俺ぐらいしか使わない裏門から聞こえてきた。場所は分かると同時に今いる正門前から裏門へと猛スピードで向かった。周りの環境音、職員室の少しの会話ですら五月蠅いうるさすぎる、それと同時にゆいがまだ裏門付近にいるということに安堵を覚える。息が上がり始めると同時に裏門に人影が見え聴力を元に戻した。




 息を切らし駆け付けるとそこには布で口を抑えられながらも、謎の男二人に車に乗せられぬよう必死に抵抗する幼馴染の姿があった。


「ゆいーー!!」思わず名前を叫びそれに驚いた男2人が慌ててこちらを見た。


「なぜここにいることが分かった!?まさかこいつの友達?いやもしや新人類か!?」


「どちらにせよ捕まえるとしようか、あの人もサンプルは多いほうが良いに越したことはないだろう。」


怪しげな笑みを浮かべながら2人がこちらを向き一歩一歩近づいてくる。あの人?サンプル?何を言っているんだ。冷静に頭を動かし目の前の状況を把握した。


「俺はゆいを攫われるという失態を犯してこれ以上失態を積み上げるわけにいかないんだ」


俺は皮膚感覚、聴力と視力を上げ臨戦態勢にはいった。


 


 男はプロのような速さで殴りかかってきた。先を読む様な動きで避けながら男の背に触れ感覚を共有した。能力を使い始めて幾度も鍛えた俺ですら未だに慣れない、使用している俺でも倍率を高くすればするほど後々の反動が辛い、最悪の場合廃人になってしまう、そんな感覚を常人が急に感じたらどれだけ頑強な肉体や精神であろうと辿る道は1つ気絶だ。もう一人の男は唖然とした顔で何が起きたか分からない様子で気絶した男を担いで車で逃亡した。




 雑に地面に置き去りにされたゆいに寄ると心音が聞こえそうな程勢いよく抱き着き、安堵したような声で「怖かった、ありがとう」と今にも泣きそうな顔で呟いていた。




 視た限り外傷はない、あったとしても能力のおかげで些細な傷はないに等しいのが香坂ゆいという人間だ。だが内傷になると怪我は外傷と比べて治りが悪い。万が一の事があったらと冷や汗が流れ落ちる「怪我はあるか?あの二人に何かされてないか?」心配そうに聞いてみた。「怪我なんてしてないよ」ゆいは目線を逸らして答える。嘘を言っていると分かると「服を脱いで確認しても大丈夫か?」真剣な面持ちで問いかけると「いつものことね」と承諾した。再び皮膚感覚を上昇させ服を脱がし肌を触診し始めた。普通この手の展開だと男女双方緊張してまともに触れることすらできないのが定番だがいつもの悪戯により怪我の処置の時に服を脱がすことも多々あるせいでもはや羞恥心はとうに消え去った。




 触診をした結果、服に隠れてはいたが触れた腕や足には打撲傷や擦り傷がまだ痛々しく残り、僅かだが腹腔内が傷ついていると素人目にも感じた。幸いにも帰り道半分程度で治る傷だった。


「その傷だと歩くと痛むだろ、またおんぶしてやるから。」言いきる前に背におぶさり「ありがと、皐月」


「それと、しばらく悪戯禁止」「そ、そんな私の1日の楽しみの1つを奪うというの!?」「今日みたいのがまた来て俺がいなかったら攫われるだろ。ゆいは弱いんだから」「むーーしょうがない」頬を膨らませたゆいを宥めながら帰路につき、なんでもない話をしながら家に送り迎えた。帰り道遠くから誰かの視線を感じたのはゆいには話せなかった。

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