(3)

 ――「アルトリウスに惚れてもらおう大作戦」は、大きくぶち上げられたものの、いずれの計画も不振に終わった。



 まずニニリナは見た目を変えてみた。慎ましやかな胸を豊満にして、身長も高くしてみた。胸元が大きく開いたドレスも着てみた。


 ニニリナはごく真剣に「色っぽさ」というものを追及してみたのだが、それは不評に終わった。


 アルトリウスはわずかに目を剥いて、困惑した様子で「おどろいた」と言ったのだ。


 そこには微塵も喜びだとか――とにかく、良い感情は見受けられなかったので、ニニリナは落胆した。


「姿を変えられるんだね。おどろいたよ」


 アルトリウスは柔和な声でそう言って微笑んで、遠回しに優しく「前の姿のほうが似合っている」と言ってきた。


 ニニリナはこれまた素直にその弁を受け入れて、元の慎ましやかな胸と小さな背へと戻った。ついでにドレスもいつも通りの、首元まできっちりと隠した貞淑なデザインのものへと戻しておいた。


 アルトリウスはそれを見届けると、一瞬だけほっとした表情を覗かせた。


 どうやら、ニニリナの考える「色っぽい」女性像はアルトリウスの趣味と合致しなかったようだ。


 ニニリナは作戦の効果が不発に終わったことにがっかりした。


 ニニリナは、今の自分とは正反対の特徴を兼ね備えた女性になれば、アルトリウスが惚れてくれるかもしれないと思ったのだ。


 しかしニニリナが思っているよりも、惚れた腫れたというのは理屈でどうにかできるものではないらしかった。



 次にニニリナは、宝石を出してみた。原石そのままではなく、ブリリアントカットされたものだ。それもひとつやふたつではない、ニニリナの小さな手のひらから転げ落ちるほどの宝石を出してみた。


 アルトリウスは差し出された宝石の山を見て一瞬だけ固まって、「おどろいた」と言った。


「こんなこともできるんだね。おどろいたよ」


 しかしまたしても喜びとか、好感情みたいなものはアルトリウスからは感じられなかった。


 キラキラと外光を複雑に反射して輝きを放つ宝石の山を見ても、アルトリウスはその宝石のように顔を輝かせはしなかった。


 ニニリナがアルトリウスに差し出した宝石は、王宮の宝物庫に入れられることになった。


 ニニリナは敗因を考えてみて、「高価な物で釣るようなマネはよくなかったのかもしれない」と思った。


 そもそも、アルトリウスが高価な品に釣られるような人間だとはニニリナは思っていない。


 根本からして、成功率が低い作戦だったと言わざるを得ないだろう。



 ならば、高価ではない品を送ればいいのではないかとニニリナは考えた。もっと素朴で――それでいてロマンチックな雰囲気になるものがいい。前回の宝石は少々即物的すぎたと反省したわけである。


 だからニニリナは王宮の空から花を降らせてみた。ニニリナが育った神々の国に咲く、八重の花びらに、華やかな馥郁たる香りが特徴のニニリナが大好きな花を空から降らせた。


 ニニリナがアルトリウスを外へ呼べば、アルトリウスは降りしきる花々を見て「おどろいた」と言った。


「これは神々の国の固有種だね。おどろいたよ」


 アルトリウスは舞い落ちて行く花を拾い上げて、それが人間の国では「幻の花」と呼ばれていることを教えてくれた。


 なんでも、この花を手にするとちょっとした女神の加護が得られるだとか――そんなおまじないじみた話が伝わっていて、この国の人間ならばだれでも知っているのだと言う。


 ニニリナはそんな話を知らなかったので、今度は逆にニニリナがおどろいた。


 この計画を実行した結果は、これまでの計画の成果に比べれば、おおむね良好だった。


 けれども雪のように降り積もった花々を片づけながら、ニニリナはもっとよい計画があるのではないかと思わざるを得なかった。


 ニニリナの力で一瞬で王宮のあちこちへ落ちた花々は片づきはしたものの、王宮ではちょっとした騒ぎになってしまい、迷惑をかけてしまったことだけは反省した。


 ニニリナが降らせた花々は王宮で働く使用人や、たまたま参上していた貴族たちが持って帰ったという。みんながにこにこと笑顔だったことだけは、不幸中の幸いだとニニリナは思った。


 けれどもニニリナはアルトリウスに惚れて欲しくて花を降らせたのだ。


 だが当のアルトリウスは珍しいものを見れたことに喜んではいたものの、それはニニリナが望んでいた反応とはちょっと違った。喜んでくれたのは、素直にうれしくて当初の目的を忘れそうになったが。


 ニニリナとしてはもっとこう、アルトリウスをダイレクトに喜ばせたい。そして自分に惚れて欲しい。「ニニリナでないと駄目なんだ」――くらいのことを言って欲しいわけである。



 花を降らせて幾数日。四つ目の計画は完全なる思いつきで、実に行き当たりばったりで行われた。


 アルトリウスの視察にくっついて、ニニリナはアルトリウスと共にとある村を訪れていた。


 ニニリナは、ここ数日、アルトリウスの横顔に疲れが見えていることに気づいていた。気のせいでなければ、うっすらと目元に隈さえできている。


 ニニリナはそこで、アルトリウスを癒すにはどうすればいいか考えて――村から少し離れた場所に温泉を湧かせた。


 勢いよく湧出する温泉を目の当たりにして、アルトリウスに村の案内をしていた長老は腰を抜かした。


 ニニリナは温泉の湯気があたりに漂う中、アルトリウスを振り返る。彼は「おどろいた」と言って目を瞠っていた。


「女神の力の奇跡を使ったのかい? おどろいたよ」


 しかし留まるところを知らない温泉の勢いに、ニニリナたちは一時退散するはめになってしまった。


 村に戻れば、長老は「ありがたい女神様の温泉! 観光資源にできまする!」と目を輝かせてニニリナを崇め奉る勢いであった。長老から話を聞いた村人たちも大喜びでニニリナとアルトリウスを讃える言葉を口々に出す。


 ニニリナは、そんな反応にエヘエヘとはにかんで応えたが――またしても「アルトリウスを惚れさせたい」という肝心の目的を見失っていることに気づくのには、領主館で過ごす夜まで待たなければならなかった。

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