第2話 天使が落ちていた…カイル視点
「団長、今日こそはいけます!」
「いや、別に俺は……」
二メートルある身長を小さくして尻込みしているのは、別に怖いからじゃない。
十五歳の時に騎士団に入ってから下級騎士として下積み五年、小隊長、中隊長、大隊長とトントン拍子に出世して、三十歳の時に第三騎士団団長に就任した。平民出身である俺が若くしてここまで出世したのは、かなり珍しいらしい。
ただ、あまり余る体力を鍛錬で発散させ、彼氏持ちの仲間がデートで休んでいる間も、皆勤賞で勤務に勤しんでいた結果、誰よりも功績を上げただけにすぎなかった。仕事命だった訳でも、禁欲主義な訳でもなく、たまたま……本当に運悪く、恋人いない歴=年齢なだけだ。
一年に一回ある国主催の剣術大会でも常に無敗、十年勝ち続けることで殿堂入りを果たしたことも、出世したことに大きく関係があった。これは、別に自分の強さ自慢をしたくて大会に参加したのではなく、騎士は大会参加が義務付けられていたから仕方なく参加しただけに過ぎない。勝ち進むことで貰える褒賞(武器や防具やわずかな金貨)は有り難かったが。
殿堂入りを果たした時、騎士爵も賜ったのだが、領地がある訳でもなく、一代爵位だから貴族と名乗るのもおこがましいレベルの貴族だ。自分でも貴族になったことを忘れてしまう程で、薄い紙っぺら上の価値しかない。
そんな俺には怖い物は一つもない。人間はもちろん、どんな猛獣相手でも物理的に勝てる自信しかなく、なんなら素手でも楽勝だ。が、しかし!怖くはないが尻込みしてしまうことはある。それは、物理的にどうにもできないことで……。
「恋人が欲しいって言ってたじゃないですか」
副団長であるルカが、俺の前で腕組みをして見上げてきた。
ルカは名門貴族出身のエリート騎士で、二十五歳にして騎士団副団長なんて肩書きを持ち、しかもかなりの色男だ。プラチナブロンドの美しい髪に、菫色の瞳、その切れ長の瞳の下の黒子は色気に溢れていた。
「それはだな、ポロッと……」
入れ食い状態のおまえにはわかるまい。
生まれた時から無駄にデカかった身体と、威圧感のある強面の顔面、何よりも三白眼の中に不気味に光る赤い瞳のせいで、誰からも恋愛対象として見られることがなかった。たまに友情が芽生えることはあっても、友情から恋愛にステップアップすることは皆無だった。「友人としたら良いけど、恋人にはちょっと……」と気まずそうに言われ続けてみて欲しい。友人を作るのさえ躊躇われてくるから。
ああ……考えていたら切なくなってきた。悪党だけでなく、部下の騎士達にも仕事の鬼だ悪魔だと恐れられいるが、別に恋愛を諦めたつもりはこれっぽっちもない。俺だって可愛らしい恋人が欲しいし、なんならすぐに嫁でもかまわない。子供だって、何人でも欲しい。三十五年間、恋人なしで生きてきたし、趣味は仕事と鍛錬だったから、貯蓄は馬鹿みたいにあるんだ。今は必要ないから騎士寮に住んでいるが、買おうと思えば、どんなに大きな屋敷でも購入可能だ。
そんな思いが溢れて、つい呟いた一言がルカの耳に入り、俺は合コン・街コン・お見合いパーティーなどに駆り出されるようになってしまった。
最初は、かなり期待して挑んだものだが、今はこの巨体が壁に同化してしまったんじゃないかと思われるくらい、会場では「無」になっている。
話しかけた時に俺を見て引き攣る口元、まさか自分じゃないよなとばかりにキョロキョロし、俺にロックオンされたのが自分だとわかると恐怖に歪む顔、逃げ出そうと後退り、友達を見つけたふりして脱兎のごとく走り去る華奢な男性の後ろ姿を何度眺めたことか。
声をかけたほぼ全員に同じ態度で逃げられ、混んだ会場で俺の周りだけスッカスカ……なんて状況が毎回になれば、そりゃ尻込みもしたくなるというものだろう。
どんな拷問にも耐えうる鋼の精神を自負しているが、これだけはどうにも……。
「ほら、あの人とかずっと団長をチラチラ見てますよ」
「馬鹿か、よく見ろ。おまえ狙いじゃないか」
「じゃあ、あっちは……」
「もういい。会費分は飲み食いしたから俺は帰る。おまえは最後まで楽しめ。でも、相手を傷つけるようなことをするなよ」
「しませんよ。僕はまだ恋愛はいいんで、恋愛を求めてくる相手には、最初から断り入れますし。じゃあ団長、また明日」
ルカは、目星をつけていた相手がいたのか、俺が帰り支度を始めると、すぐに人混みに消えていった。
会場を出ると、それなりに遅い時間だからか、歩いているのは酔っ払いばかりだ。
「見回りしがてら帰るかな」
夜勤の騎士達の巡回ルートは頭に入っているから、それとかぶらない道を選んで歩いた。
すると、路地の奥で大きな物音がした。この奥は行き止まりで、たまに犯罪現場になったりする。逃げ場もない上に、裏は廃工場で人気もない為、追い詰めて暴行するにはうってつけの場所なのだ。性犯罪現場としても馴染みの場所で、騎士団としてもできれば立ち入り禁止地区に指定さたいくらいだった。
物音は一回、喧嘩ではなさそうだが、口を塞がれて押さえつけられている可能性もある。俺は腰に手をやり、帯剣していないことに気がついた。まあ、素手でも負ける気はしないが、大勢ならばやっかいだ。
足音を消して路地に入り、角で立ち止まる。気配を探るが、聞こえてくるのは小さな呻き声だけだ。喧嘩して殴り合っている……という感じではなかった。
もしかして、家に帰るまで我慢できなくなった恋人達が、人通りのない路地裏に入り込んでおっぱじめたのかもしれない。しかし、放置しては犯罪に巻き込まれかねないし、合意じゃない可能性も捨てきれない。
意を決した俺は、角から飛び出していつでも取り押さえられるように身構えた。
しかし、そこにいたのは倒れた男が一人。
まさか、強姦後か?!
男に駆け寄り、うつ伏せだった身体を抱き起こす。男は呻き声をあげたが気絶しているようだった。頭からは血を流し、顔は暗くてよく見えな
いが、体を動かしたら痛みに呻いたことから、体にも怪我があるに違いない。男以外誰もいなかったし、俺が物音に気がついてからも、行き止まりのこの路地からは誰も出てこなかった。つまり、犯行は少なくとも十分以上前に行われたんだろう。
「おい、君……」
月明かりが路地を照らし、男の顔がはっきりと見えた。
小さな顔は土で汚れて擦り傷もあったが整っており、黒い髪の毛と揃いの黒いまつ毛は長く微かに震えていた。小さな唇はふっくらとしていて、僅かに開いたそれは、思わず生唾を飲み込んでしまったくらい艶めかしく見えた。支えた体は華奢で、最初は『セメ』の女かと思ったが、骨格は男だったし、何よりもあの気持ちの悪い胸はついていなかった。股間を見ると、男性を象徴する膨らみもあり、俺は心底ホッとする。
まさか、女相手にドキッとしたなんてことになったら、変態のレッテルを貼られてしまう。騎士団団長として、それは由々しき問題だ。
それにしても、これだけ愛らしければ襲いたくなる気持ちもわからなくはない。もし犯人を見つけたら半殺し……いや、本殺しにしてやる。
俺は上着を脱いで男を包むと、そっと男を抱き上げた。
本来ならば、騎士団を呼んで現場を保持し、被害状況を検分しないといけないのだが、こんな状態の子を沢山の人間の目に触れさせたくなかった。
「それにしても……天使かな」
肌は滑らかで透明感があって、髭なんか生えていなさそうだ。同じ性別の筈なのに、自分とはあまりに違う生き物に見える。
この天使を襲った人間、マジ許さん!!!
俺は、まず騎士団の診療所に男を連れて行った。
「ジジイいるか!?怪我人だ、診てくれ!」
足で診療所の扉を蹴り開けると、椅子に座っていた白い髭の老人が振り向いた。彼は長年騎士団の専属医師をしているデバンで、俺も若い時からずいぶんと世話になった。
「こら!扉が壊れるだろう!足で蹴っ飛ばすな。なんだ、その若者は。欲求不満でついに襲っちまったか」
よれよれの白衣を着たデバンは、俺を見た瞬間に怒鳴り散らしたが、俺の腕の中にいる天使に気が付いて立ち上がった。
「何を馬鹿なことを。廃工場近くの路地に倒れていたんだ。頭から血を流している。衣服も切れていて、身体にも傷がありそうだ」
「とにかく寝かせんか」
なるべく頭を動かさないように診療所のベッドに寝かせ、その額にかかる黒髪をかき分けた。
「ずいぶんと可愛らしい青年だな。レイプか?」
「わからない。衣服に乱れはなかった」
「とにかく、身体の傷も確認しないとな。頭を打っとるようだから、あまり動かさない方が良いだろう。リリア、リリア!」
デバンが大声を出すと、診療所の奥から若いナース服の女性が奥から出てくる。
「先生と違って耳は遠くないから、大声を出さなくても聞こえます」
「わしは耳は悪くないわ!」
「この子……レイプ?」
「わからんが、とにかく身体の傷を確認して手当てをせんと。頭を強く打っとるようだから、あまり動かしたくないんだよ。リリア、彼の洋服を切って脱がしてくれ」
「わかりました」
リリアは、鋏を手にして天使の洋服を切ろうとし、鋏を入れた途端に手を止めた。
「カイル団長、さすがにあなたが見てたらまずいんじゃない?」
「いや、俺はそんなつもりでは……」
「どんなつもりかはわからないけど、さっさと後ろを向く!回れ右」
「はい!」
リリアの号令に、俺は慌てて後ろを向いた。
「リリア、レイプかどうかも確かめんと。パンツも切ってくれ」
「了解」
背中に目はないが、デバンとリリアの会話に耳がダンボになる。
「フム……殴られたというよりも、どこかから落ちたような打撲痕だな。レイプの痕跡は……なさそうだ」
俺は心底ホッとした。怪我をしているのは痛々しいが、身体の傷ならば時間と共に治るが、心の傷はそうではないからだ。天使が性的被害者でなくて、本当に良かった。
しばらくたつと、治療を終えたデバンに声をかけられた。
「振り向いて良いぞ。頭の傷は少し深かったから縫ったが、他は打撲が主だ。吐いたりしなければ、しばらく安静にしておれば治るだろう」
「本当に?」
「ああ。おまえらの鍛錬中の傷の方が、よっぽど重いくらいだわ。しかし、頭だらな。経過観察だ」
「ここは入院施設はないですよ。どうします?今から王都の病院に移送しますか?」
リリアが手続きをしようと立ち上がったのを、俺は片手で制した。
「いや、俺が拾ったから、元気になるまで俺が責任を取る」
「え?団長がですか?」
「ああ。騎士団の寮ならば、ここにもすぐに連れてこれるしな」
「……絶対に安静なんですよ?わかってます?」
リリアの訝しむような視線に、俺は内心では動揺しつつ厳しい表情を作る。
「俺は騎士団団長だぞ。傷付いた市民を保護するだけだ。他意はない」
他意は大有りだ。一分でも一秒でも長く天使の側にいたいという一心で……つまりは一目惚れだ。もちろん、怪我をして動けない天使を襲ったりなんかはしない。いや、そんなことできる訳がない。三十五年間も童貞を貫いてきた俺を甘く見ないで欲しい。好きな男に気軽に手を出せるくらいの度胸があれば、とっくに脱童貞してるっつうの。
治療の終わった天使にシーツを巻き付け、できる限り丁寧に天使を抱き上げた。
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