27

 影にできないことがホラーにできるわけがない……、とはもちろん言わない。ホラーは自分のことを低く評価しすぎているけど、ホラーにできて、影にできないことなんていくらでもたくさんあった。影が不可能だと思っていることを、ホラーが成し遂げる可能性はきちんと存在していた。

 それに影はホラーの可能性を信じていた。

 でも、それにしても……。

 いったいどうやって……。

「ふぅー」

 と、ため息をついて、影は思考を中断して、首を上げて暗い天井を見つめた。

 視線をテーブルの上に戻すと、砂時計はすべて下に落ちて、時を刻むことを止めていた。タイムリミットが来た、ということだ。

 影は席を立つとキッチンに向かった。

 そこでお湯を沸かして苦いコーヒーを淹れた。

 キッチンには鏡があった。

 コーヒーを淹れている間、影は鏡を見ていた。

 くすんで汚れている鏡の表面には、疲れた影の顔が、ぼんやりと写り込んでいた。鏡に映っている影の顔は笑っていない。いつものように、難しい顔をしていた。

 ずっと、こんな顔してる。だから私、可愛くないのかな?

 そんなことを影は思った。

 部屋に戻ると、椅子に座って、影はそっと目を閉じる。

 人は徐々に壊れていく。消耗していんだ。いろんなものをね。いろんなもの? そうだよ。電源が切れたおもちゃみたいに、動きを止めて、運動がなくなり、そこにあったはずの命は、失われて、やがて無になってしまうんだよ。

「悲しいね」と影が言った。

「悲しいね」と、どこかでホラーが言ったような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る