変死

「彼らが被害者の大学生です」


 そう言って、桔梗は血まみれの若者三人を手で示した。

全員カフェのテーブルに突っ伏す形で倒れており、特に争った形跡はない。


「死因は?」


「出血死ですね」


「それは見れば分かる」


 隣の席まで広がった血溜まりを前に、俺は『三人分と言えど、多いな』と思案した。

動脈でも切ったのかと推測する俺の前で、桔梗は鑑識から資料を受け取る。


「出血原因は不明ですが、体を切った訳ではないそうです。穴という穴から血を流して、死んだとか」


「病気の線は?」


「なくはないでしょうが、三人同時にというのは妙ですね」


「じゃあ、毒や薬の線は〜?」


 ヤクザらしい発想を展開する悟史に、桔梗はチラリと視線を向ける。


「今のところ、調査中です。ただ、鑑識曰くその線は薄いんじゃないかとのことです」


「だから、俺を呼んだ訳か」


「はい」


 間髪容れずに頷き、桔梗はシーサーのストラップを仕舞った。

かと思えば、チラリとこちらの反応を窺う。


「それで、今回の怪死事件に幽霊や妖は関係していますか?」


「多分、している。さっきから、超くせぇーし。穢れも凄い。順当に行けば、その心霊スポットに居る悪霊のせいじゃねぇーか?」


 『確認しないと、何とも言えないが』と零しつつ、俺は腰に手を当てた。


「じゃあ、今回の依頼はその悪霊の退治でいいのか?」


 司法で裁けない存在に、罰を下す。

こういう依頼は桔梗に限らず、何度も受けてきた。

なので、ある程度慣れている。


 『心霊スポットの悪霊となると、手を焼きそうだが』とゲンナリする中、桔梗は小さく首を横に振った。


「いえ、そちらは二の次です。もちろん、可能なら退治して頂きたいですが」


 『別途料金は支払いますし』と述べると、桔梗は懐から一枚の写真を取り出した。


「今回の依頼……その最優先事項は心霊スポットに行ったサークルメンバーの一人、赤崎あかさきあおいさんを守ることです。彼女は変死を免れた唯一の存在であり、最後の生き残りですから」


 黒髪ロングの清楚美人の写真をこちらに見せ、桔梗は『今、神社で待機してもらっています』と補足する。

自宅じゃないのは、悪霊による攻撃を恐れてのことだろう。

もし、本当にこの世ならざる者の仕業なら出来るだけ神聖な場所に居た方がいいから。


「そういやぁ、心霊スポットに行ったサークルメンバーは四人で死んだのが三人だったな」


 先程の説明を思い出し、俺は『護衛かぁ』とボヤく。

その横で、悟史はコテリと首を傾げていた。


「ねぇ、何でこの子だけ変死を免れたの?」


「さあな。考えられる可能性としては、こいつだけ悪霊のターゲットにならなかった。もしくは、強力なお守りを持っていて手出し出来なかった」


「後者は分かるけど、前者は何で?ターゲットになる条件を満たしてなかったってこと?」


 怪訝そうな表情を浮かべる悟史に対し、俺はコクリと頷く。


「大まかに言えば、そうだ。悪霊は基本無差別に生き物を襲うが、中には『黒髪の女だけ狙う』とか『若い男だけ狙う』とか生前の記憶や感情に引っ張られて相手をある程度限定するタイプもあるんだ。あとは、視線さえ合わせなければ無害なやつとか」


「ふーん?悪霊にも色々あるんだね」


「ああ。だから、まずはその心霊スポットに行って悪霊のことを調べたい」


 『サクッと除霊出来そうなら、それで終わりにしたいし』と語り、俺は桔梗へ目を向けた。


「という訳で、案内してくれ」


 ────と、気軽に頼んだ二時間前の自分を殴りたい。


 マジでやべぇところじゃん。ふざけんなよ。


 黒い煙やヘドロのような臭いで溢れ返ったトンネルを前に、俺は蹲る。

まさか、ここまでヤバい心霊スポットとは思わなくて。


「わりとローカルな心霊スポットかと思ったら、全然違うじゃねぇーか……有名どころと大差ないヤバさだわ」


 人通りの少ない山奥……野生の動物もほとんど居ない場所。

まさに生気の『せ』の字も感じられないスポットだ。

ここへ入っていけるのはよっぽどの馬鹿か、自殺者くらいだろう。

ぶっちゃけ、俺は入りたくない。

が、悪霊の正体を確かめないといけないため踵を返す訳にはいかなかった。


「あー……クソ。マジで桔梗クソが」


「八つ当たりなんて、酷いですよ。逮捕しちゃいます」


「そんなことしたら、もう二度と依頼は受けねぇ……」


 『お前とは絶交だ』と告げると、桔梗は少し驚いたように目を剥く。


「おや?依頼を選り好み出来るほど、儲かっているんですか?」


「今は、な」


「僕のおかげ〜」


 人差し指で自身を示し、悟史は『えっへん!』と胸を張る。

すっかり得意げになる彼の前で、俺はポケットからお守りを取り出した。


「桔梗、これ持っとけ。あっ、ちなみにレンタル代五千円な」


「お金、取るんですね」


「商売だからな。しかも、それ超いいやつだから。神レベルでもなければ、所持者に近づくことは不可能」


「買い取ります。おいくらですか?」


 スッと財布を取り出す桔梗に、俺はすかさずこう答える。


「五十万。現金な」


「後で銀行から、お金を下ろしてきます」


 『とりあえず、レンタル代』と言って五千円札を差し出し、桔梗はお守りを手にした。

と同時に、感嘆の息を漏らす。

霊感0なりにお守りの効力を感じ取ったのか、まじまじと白い袋を見つめた。

『五十万の価値ありますね』と呟く彼を前に、俺は一先ず五千円札を受け取る。


「さて、そろそろ行くか」

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