Episode7

桔梗篤臣の依頼

◇◆◇◆


 ────氷室組に大判小判を買い取ってもらい、大金を手に入れてから一週間ほど経った頃。

ようやく夏の暑さも和らぎ、過ごしやすい季節になったかと思えば、沖縄へ行く羽目になった。

理由はもちろん、依頼のため。


「チッ……!またこいつかよ」


 依頼の書かれたメールを眺めながら、俺は『面倒くせぇ……』とボヤく。

というのも、このメールの送り主は過去に何度も俺へ依頼しており……そのほとんどが────。


「舌打ちとは、酷いじゃありませんか」


 そう言って、わざとらしく眉尻を下げるのは七三分けの中性イケメンだった。

目の下のホクロが特徴的な彼は、黒いスーツを優雅に着こなしている。

出来る男、という雰囲気を漂わせながら。


刑事・・に呼び出されて喜ぶやつが、どこに居るんだよ」


「職業差別ですか?酷いですよ。名誉毀損で、逮捕しちゃいます」


「ふざけんな」


 いそいそと手錠を取り出そうとする彼に、俺は顔を顰めた。

『そう簡単に逮捕出来る訳ねぇーだろ』と思いつつ、ガシガシと頭を搔く。


「それで、今回はどういう怪死事件・・・・なんだ?」


 依頼のメールには報酬金額と集合場所しか書かれていなかったため、俺は『さっさと説明しろ』と促した。

もうすぐ秋とはいえ、沖縄は凄く暑いから。

『真夏に逆戻りしたような心境だぜ』と嘆息し、容赦なく照りつけてくる太陽を見上げる。

────と、ここで何かに視界を遮られた。

いや、紫外線日の光から守ってもらったと言った方がいいか。


「ねぇ、壱成。どうして、また僕を置いていくのさ?」


 聞き覚えのある声が耳を掠め、俺はガクリと項垂れた。

『また付いてきたのかよ』とゲンナリしつつ後ろを振り返ると、そこには案の定悟史の姿が。

日傘片手にこちらを見つめる彼は、『酷いよ!』と非難してきた。


「いや、こっちは気を遣ったつもりなんだが」


 さすがに刑事とヤクザを引き合わせるのは気が引けたので、置いてきたのだ。

それなのに、こうも堂々と姿を現すとは……。


「サツのこと?それなら、問題ないよ。裏で色々取り決めしているから。互いに一線を越えない限りは、無視を貫くことになっている」


 『警戒されないために一応、蓮達は置いてきたし』と語り、悟史は小さく肩を竦めた。

────と、ここで中性イケメンが僅かに身を乗り出す。


「私は貴方のこと、早く逮捕したいんですけどね」


「あれ?僕のこと、知っているの?」


 『一部のサツしか知らない筈なのに』と不思議がる悟史に、中性イケメンはニッコリ微笑んだ。


「ええ、氷室悟史さんですよね?私は桔梗ききょう篤臣あつおみと申します」


「桔梗?あぁ、もしかして────君が警視総監の息子で、変わり者の刑事?」


「変わり者かどうかは判断しかねますが、恐らくそうですね」


 悟史の発言を軽く受け流し、桔梗は俺の手首を掴む。


「何故、氷室組の若頭が小鳥遊さんと接点を持っているのか分かりませんが、ここからは仕事の話になるのでお引き取り願います」


 『どうせ、役に立たないでしょうし』と言ってのけ、桔梗は俺の手を引っ張って歩いていく。

が、その程度のことでヘコたれるほど悟史はヤワじゃなく……当たり前のようにあとを追い掛けてきた。


「僕も一応、祓い屋の端くれだから協力するよ〜」


「……はい?」


 『今、祓い屋と言ったか?』と足を止め、桔梗はこちらを振り返る。

視線だけで真意を尋ねてくる彼に対し、俺は苦笑を漏らした。


「聞いて驚け、俺の弟子だ」


「……今すぐ破門した方がよろしいのでは?」


「そうしたいのは山々だが、金の魅力には勝てない」


「貴方は本当に昔から守銭奴ですよね」


「褒め言葉として、受け取っておくぜ」


 いちいち文句を言うのも面倒なのでサラリと流し、俺は前髪を掻き上げる。


「それで、結局今回は何のために依頼してきたんだよ」


 悟史の登場により中断してしまった話を再度持ち出し、俺は眉を顰めた。

『どうせ、人死系だろ』と思案する俺を前に、桔梗はゆっくりと前を向く。

と同時に、再び歩き出した。


「とある大学のサークルメンバー四名が地元で有名な心霊スポットへ赴き、うち三名が変死を遂げました」


「変死って?」


「それは見ていただければ、分かります」


 どことなく神妙な面持ちで近くの喫茶店に足を運び、桔梗は立ち入り禁止のテープを持ち上げた。

どうやら、ここが死亡現場らしい。

多くの鑑識や刑事で溢れ返った店内を前に、俺達は中へ入る。

当然周囲の警察関係者に変な目で見られるが、桔梗と一緒だからか文句を言われることはなかった。


 まあ、毎度お決まりの反応だな。


 やれやれとかぶりを振りつつ、俺は口元に手を当てる。


「警視総監の息子ってブランドは、沖縄でも通じるんだな。つか、お前の管轄って東京じゃなかったっけ?」


「そうですよ」


「なら、何でここに居るんだ?」


 至極当然の疑問を投げ掛けると、桔梗は内ポケットからシーサーのストラップを取り出した。


「今日はたまたまオフだったので、沖縄旅行に来たんですよ」


「スーツで来たのかよ」


「そしたら、怪死事件に遭遇しまして……せっかくなら、お力になろうかと」


「ありがた迷惑って、知っているか?桔梗」


 管轄外のことに首を突っ込んだ挙句、部外者を招き入れるなんて……普通は嫌がるだろう。

しかも、片方ヤクザだしな。


 『色々とカオス過ぎる……』と苦笑する中、桔梗は不意に足を止めた。

かと思えば、少し体を捻って前方の様子をこちらに見せる。


「彼らが被害者の大学生です」

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