お稲荷様の狙い
面倒だが、黙っていたら更にうるさそうだし、一応説明するか。
「まあ、結論から言うと────お稲荷様は今回の件について、あまり怒っていない」
「えっ?そうなの?憑依までしたのに?」
「あれは一種の警告であり、お説教だ」
「うわ……分かりづら」
思わずといった様子で本音を零す悟史に、お稲荷様は眉を顰めた。
「それを本人の前で言うか、無礼者め」
「あっ、すみません、つい」
「はぁ……言葉には気をつけろ。口は災いの元と言うじゃろう。我じゃなかったら、間違いなく祟られておったぞ」
冗談じゃなくて本気で注意するお稲荷様に、俺は大きく頷いた。
「ここまで寛大なお稲荷様はそうそう居ないから、さっきの言葉肝に銘じておけ」
「了解。で、話の続きは?」
相変わらず切り替えの早い悟史は、『教えて教えて』と急き立てる。
まるで読み聞かせを強請る子供のような態度に、俺もお稲荷様も嘆息した。
「えっと、つまりな、お稲荷様は『もうそんな危ないことするな』という意味合いでわざとこの騒ぎを起こしたんだ。この手のガキには、口で言うより効果覿面だろ?」
「あー……それは確かに。このくらいの年齢になると、『ダメ』って言われたことほどやりたくなるもんね」
『僕も昔、色々やったなぁ』と懐かしむ悟史に、俺は若干頬を引き攣らせた。
こいつの学生時代なんて、絶対ろくなものじゃないと思って。
『知らぬが仏だ』と自分に言い聞かせつつ、俺は言葉を続ける。
「とにかく、お稲荷様はコックリさんをやめさせたかったんだよ。たまにタチの悪いやつが、ちょっかいを出してくるからな」
「特に最近は山の物の怪……人間達は妖と言うんじゃったか?そいつらの動きが、活発化しておってのぉ。街に降りることも多くなった。故に危険だと判断したんだ。あと、単純にうるさかったというのもあるが」
『そろそろ我慢の限界だった』と語り、お稲荷様は後ろ足で軽く耳を掻いた。
「まあ、でも最初はここまで大きな騒ぎにする気などなかった。二、三日取り憑いて退散する筈だったんじゃ。だが、こやつらと来たら……謝りに来ないどころか、嘘までついて。さすがに看過出来なかった」
「そこら辺の筋は通すべきですもんね〜。それで、壱成はいつから気づいていたの?お稲荷様は本気で怒ってないって」
『僕、全然気づかなかったんだけど』と不思議がる悟史に、俺は小さく肩を竦める。
「わりと最初の方から」
「えっ?マジ?」
「マジ。ほら、東雲家に入ってお稲荷様の気配を感じ取った時さ────感情が見えてこなかったんだよ。普通本気で腹を立てているなら、敵意なり殺意なり放つ筈だろう?でも、どんなに意識を集中しても感じ取れるのはほんの僅かな怒りだけだった。だから、何か訳ありか?って思ったんだ」
『あの威圧感の中で、お稲荷様の意向を読み取るのは大変だったけど』と述べ、前髪を掻き上げる。
と同時に、気を失った綿貫紗夜と皇桃花へ視線を向けた。
「あと、こいつらの話を聞いて二点ほど引っ掛かることがあった」
「引っ掛かることって?」
「まず、綿貫紗夜と皇桃花には取り憑かなかったこと。そこら辺の浮遊霊ならまだしも、神レベルなら一度に複数人へ取り憑くことが可能だ。でも、お稲荷様はそうしなかった。だから、狙いは東雲麻里一人か、憑依という行動を通して何か伝えたいのかと考えた」
ワンチャン、東雲麻里に惚れ込んだ故の蛮行という線もあった。
────とはさすがに言えず、俺は淡々と説明を続ける。
「次に、東雲麻里の体で悪さをしなかったこと。多少おかしな行動こそ取っていたものの、他人を害したり東雲麻里の体を著しく傷つけたりはしなかった。本気で怒っているなら、こうは行かないだろう?」
「確かに」
『よくよく考えてみると、違和感ありだね』と頷き、悟史は納得を示す。
「ちなみに何かを要求するための人質として、憑依した線は考えなかったの?」
「お前の思考回路は何でいつもそう物騒なんだよ」
さすがはヤクザとも言うべき質問に、俺は内心ゲンナリする。
が、目の付けどころ自体はとても良かった。
「まあ、一応その線も考えた。でも、もしそうなら東雲麻里の体を通して既に要求を伝えていると思うんだよな。あと、他二人を見逃した理由に説明がつかない」
「あぁ、人質は多い方がいいもんね」
「お前がそれを言うと、マジで洒落にならねぇ……」
額に手を当てて辟易しつつ、俺はおもむろに立ち上がった。
遠くに見える夕日を眺めながら。
「兎にも角にも、これで一件落着だ。お稲荷様もそろそろ気が済んで……というか、飽きてきた頃だろうし」
「さすがに何日も人の体に憑依するのは、疲れるしの」
『いい加減、のんびりしたい』と主張し、お稲荷様は軽く伸びをした。
かと思えば、近くの草むらへ足を向ける。
どうやら、お帰りのようだ。
「東雲麻里とやらの憑依はもう解いた。そなた達が家に着く頃には、元へ戻っているじゃろう」
「ありがとうございます」
「うむ。では、縁があればまた会おう」
そう言うが早いか、お稲荷様は草むらへ姿を消した。
と同時に、境内を満たす厳かな空気も霧散する。
「さて、とりあえずこの小便娘共を担いで帰るか」
────という訳で、待機していた及川兄弟を急遽呼び出し、東雲家に送ってもらった。
すると、そこには娘と抱き合う東雲柚子の姿があり……深く深く感謝される。
東雲麻里も、泣きながらお礼を言ってくれた。
どうやら、お稲荷様に憑依されたとき体こそ動かせなかったものの……意識や感覚はあったようで、凄く怖かったとのこと。
『もう元に戻れないかもしれない』という不安を、ずっと抱えていたらしい。
「これに懲りたら、もう危ない真似はしないように。次も何とかなるとは、限りませんからね。ぶっちゃけ、今回のように助かるケースは極稀です」
『運が良かったとしか言いようがない』と重々言い含め、俺は悟史を連れて東雲家から出た。
そして帰りの車に揺られながら、すっかり暗くなった外を眺める。
『今日はさすがに疲れたな』と欠伸を零し、俺はおもむろに目を閉じた。
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