いわくつき物件?
椎塚雫
いわくつき物件?
大学卒業後、一人暮らしをする為に住宅の内見をしていた。それも可能な限り安く済む方法で。
告知事項あり。いわゆる事故物件や心理的瑕疵物件と呼ばれ、事件や事故で亡くなった人がいたり、虫が湧くなどといった普通の人なら入居したがらない部屋。後者は勘弁だが、前者は霊感のない自分には気にしなければいいだけの事だ。
そして今はいわくつきの木造アパートの二階角部屋の前に案内されていた。
「いえ、そういう訳ではなくてですね……」
「どういう事ですか?」
不動産屋のおじさんは言いづらそうにしている。だが告知義務があるので説明して貰わない事には納得できない。
おじさんは二〇一号室の鍵を差し込み、カチャリと解錠しながらこう言った。
「……この部屋には猫の幽霊が出ると言われています」
「猫?」
中は至って普通のワンルームだった。玄関に入ってすぐ左には流し台と電気コンロ、反対側に洗濯機。向かって右側にはトイレとバスルーム。通路をまっすぐ進めば6畳程度の居間が広がっている。正面の大きな窓とは別に左側に格子状の小さな窓があった。南向きの部屋でもあるので洗濯物を干すには困らなさそうだ。
「以前ここには夜な夜な鳴き声がしたり、金縛りがあったり、二階なのに窓に人がいたりしたらしく、今では誰も不気味がって一週間足らずで退去なされる方ばかりで……」
「……だからここだけ家賃一万円なんですね」
フローリングは艶があり、壁も特に汚れや破損もない。おまけにエアコンも付いているのでお得だ。
「ええ。お客様は社会人として働く為に安い所をお探しなのでしょうが悪い事は言いません、別の物件の方を――」
「いえここでお願いします」
「ですが……」
「外で猫の鳴き声がするのは発情期だからでしょう、金縛りは睡眠不足とストレスによるものですし、自分は寝たら朝まで起きないタイプなんで平気です」
「はぁ……」
この後も本当によろしいですか?と何度も確認してきたが俺の意志は変わらなかった。どうせ仕事して帰ったらすぐに寝てしまうだろうし、家賃が安い分貯金も出来るし、ソシャゲの課金だって出来る。
それに近所に猫がいるのなら、チュールでもあげて可愛がってあげても良さそうだ。実はちょっと猫に興味があったというのが本音でこの時は全く霊の噂など気にしていなかった。
一ヶ月後。例のアパートの部屋で住む初めての夜。
この日は荷ほどきだけであっという間に時間が過ぎ、あと一週間も立てばいよいよ新生活が始まる。
「……まじか」
――ニャー、ニャー、ニャー。
時刻は午後11時過ぎ。そろそろ寝ようかと部屋の電気を消し、布団を被った瞬間に猫の鳴き声が始まった。
そのまま寝ようと思ったがずっと鳴き続けているもんだから割と気になってしまう。
「……試してみるか」
布団から抜け出し、ダンボールに入っていたビニール袋を漁る。
冗談のつもりで買っていた某CMで流行っているチュールを取り出し、適当な皿に中身を出す。更に窓を少しだけ開けて、そこにさっきの皿を置いておく。
―ニャー……。
「……静かになった?」
本当に猫の霊だったのか……。霊的な存在でもハマる◯ャオチュール怖い。
そんなことを思いつつ、再び布団の中に戻り眠ることにしたのだが。
「……」
カン、ドトン。
ベランダの金属製の柵に何かが飛び乗って床に降りるような音が聞こえた。え、ちょっと待ってここ二階なんですけど。
急に心臓の鼓動が速くなる。これ猫じゃなくて泥棒呼んでいるだけではないかという疑問すら湧いてきた。
――くちゃくちゃ……。
明らかにチュールを食べているような咀嚼音が気になって仕方がない。薄目でそっと様子を伺うと。
「……うまい、うまい……」
「……!?」
全裸の少女が四つん這いになり、皿に顔を突っ込むようにしてチュールを舐め取る姿が目に映った。まるで犬食いだが食べているのは猫の好物の方だ。いやそんなことはどうでもいい。思わず目のやり場に困り、後ろの方を見るとお尻の方からゆらゆらと黒い尻尾のようなものが機嫌良さそうに上に伸ばしてゆらゆらと動かしている。しかもよく見ると尻尾は二本に分かれている。頭も何故か猫耳付いてるし。
しかし猫耳はピクピクと生きているように痙攣していて、コスプレの割には生々しかった。
「……猫又?」
「にゃ……!!?」
毛が逆立った猫のように驚いた少女はすぐに開いた窓から逃げようとするので咄嗟に腕を掴む。
「は、離すニャ!」
「お腹空いてるんだろう?」
「……お前、悪い奴じゃにゃいのか」
いちいち語尾可愛すぎだろ。
「大人しくしてたらもう1本あげるから……」
そう言いつつ俺は猫又であろう少女のおっぱいを見ていた。意外と大きい。
「どこ見てるにゃ!」
「ぐはっ!」
猫パンチならぬ膝蹴りが下腹部に吸い込まれた。
本能に正直になりすぎた。一応猫又にも羞恥心あるんだ……と金的で悶絶している俺は思った。
「……」
「うまい、うまい……」
くっちゃくっちゃ。食べ方は相変わらず犬食いで非常に汚いが元は猫だと思えば普通に納得出来る。改めて見ると銀色のセミロングヘアで肌は人間のように白い。控えめに言っても美少女だった。正直夢でも見ているのかと頬を抓ってみたが痛かった。
あまりにも笑顔で美味しそうに食べるものだから、見ているこっちも幸せに感じるのだから不思議だった。
そしておじさんの言っていた猫の幽霊の正体は多分こいつだろう。捨てられた猫が化けたのか、飼い主が孤独死でもして放置されてしまったのか。はたまた実はコスプレで露出狂な女なのか。真偽は定かではないけれど。
とりあえず全裸のままだと目に毒なので彼女には男モノのTシャツを着させつつ、話をしてみる事にした。
「……美味しかった?」
猫又はこくんと頷く。可愛い。
しばらくご飯を食べていなかったのかすっかり警戒心が薄くなっていた。それから色々聞きたい事があったがとりあえずこれだけは言っておこう。
「よかったら、一緒に住まない?」
「……おまえが毎日ご飯くれるにゃら」
「いいだろう」
家賃一万円、猫又付き。
彼女も友人もいない灰色の人生にやっと色が付いてきたじゃないか。
いわくつき物件? 椎塚雫 @Rosenburg
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