〈sequence 02 : セピア色の戦場〉

0.ある少女の目覚め(1)

 ここに一人の少女がいる。

 朝が来て、目を覚ましたばかりだ。

 ぼんやりとした寝ぼけまなこのまま、首をかしげて、

「…………あれ?」

 辺りを見回している。


 なにかがおかしい、とその少女の本能は感じた。

「ええと……?」

 いや、何にもおかしくないな、その少女の理性は告げた。いつも通りの自分の部屋、いつも通りの朝。疑問に感じるようなことはひとつもない。

 でも、妙だ。前にもこんなことがあったような気がする。本能は反駁した。もちろん理性も黙っちゃいない。そんなのおかしくないでしょ、朝なんてそれこそ毎朝来るものだし。既視感デジャビュだってよくあることで、とりたてて珍しいものじゃない。

 いちいちごもっとも。

 筋の通った主張に対し、本能は返す言葉がない。争いは理性の勝利に終わり、つまり、少女はその朝の違和感を、気のせいであると片付けた。

「おねえちゃん? 大丈夫?」

 部屋の入り口、年の離れた妹が心配そうにこちらを見ている。

 朝の混乱が、言葉か動作にでも出てしまっていたのだろうか。「だいじょぶだいじょぶ、心配かけてごめんねぇ」笑って手を振ってみせると、ほっとしたように階下のリビングへと降りていった。

 いかんなあ、と思う。

 これでも学校では、しっかり者ということで通っているのだ。そういう自分を慕ってくれている後輩たちだっているのだ。ぼんやりしてはいられない。

 両の手のひらで、頬をぺちぺちと何度か叩く。そして、

「……ゆめくん」

 可愛い後輩たちの中の一人。ひとつ年下の、少年のことを想う。

 昨日、彼に、告白の予告(何だそれはとは思うけれどそうとしか言いようがない)をされたのだ。

 男性に恋愛感情を寄せられることには、傲慢な物言いではあるけれど、ちょっと辟易している。まともに向き合いたくないと思うし、実際にこれまでのらりくらりと、すべてのアタックを適当にかわしてきた。

 けれど、ゆめくんに対して同じようにはしたくない。正直を言えば、関係を変えたくない。今の二人の間の距離は、何というか、居心地の良いものだから。

 でも彼のほうが変化を望むなら、自分も覚悟を決めなければならない。タイムリミットは、金曜日。時間はそれほど残されていない。しっかりしろ自分。

「んっ」

 最後にもう一度、大きく頬を張って。

 そして、寂院夜空という名のその少女は、ベッドから立ち上がった。

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