あの日、夕日に照らされ笑っていた君は
はくすや
前編
今でもたまに思い出すのだ。
あの日、見上げた階段の踊り場、夕日に照らされ笑っていたのは誰だっただろうかと。
「どうしたの、
目の前に笑顔の
僕と鶴翔さんは二年G組の学級委員をしていて、ちょっとした打ち合わせを階段踊り場でしていたから、彼女の髪が、射し込む日の光で輝くとつい昔の光景を思い出すのだった。
あの頃のこと。中等部一年にいて、まだ僕が自信満々で天狗になっていた頃のことを。
あれはいったい誰だったのか。
高等部入学生の
逆光に浮かぶ美しい?顔が誰だったか、僕は気になってこうして思い出そうとするのだ。
「ごめん、ごめん、最近眠くてね」僕はごまかした。
「学級委員の仕事をいろいろ押しつけているからね。ほんとうにごめんなさい。
鶴翔さんが頭を下げる。それが僕には申し訳ない。
鶴翔さんは成績優秀。総合成績は一桁ランカー。運動神経抜群で、明朗快活。交友範囲も広くてとても人気があり、いつも忙しいのだ。
だから学級委員の仕事は僕が何かと根回しをして動いている。
僕は裏方だった。そう、表に出ている裏方なのだ。
僕がした仕事も鶴翔さんがしたとみんなは思う。それくらい鶴翔さんは目立つ人だったし、僕は目立たないモブだった。
しかしそんな僕でも四年前、中等部に入学したばかりの頃は輝いていた。そう自負できる時代があったのだ。
僕はこの学園の中等部にトップで合格した。今では三百人中五十位以内に入るのも難しくなっているが間違いなく僕の時代はあったのだ。ほんとうにわずかな期間だったけれども。
その頃の僕には笑いかけてくれる女子もたくさんいた。
あの日の彼女はほんとうに誰だったのだろう。
「じゃあまたね」
鶴翔さんは去っていった。いつものように爽やかな余韻を残して。
さてと、僕は現実に戻り、授業のプリントを受け取りに職員室へ向かった。こうした雑用を忙しい鶴翔さんの代わりにするのが僕の役目だった。
昼休み、僕は昼食を急いでかきこむとまたしても職員室に行った。そこでまたプリント作成の雑用だ。
しかし印刷機は他のクラスの担当者が使っていて、僕はそれが終わるのを待たねばならなかった。
僕は要領が悪い上に運もない。時間に追われているくせに無駄な時間を過ごすことを強いられる。
一旦戻って他の作業をしようかと思ったら担任の
「
最近それが沢辺先生の挨拶になっている。僕の名前が「
「何とかやってます」僕は答えた。
「日に日に生出くんが元気を失って消耗していくような気がして心配なのよ」
口ではそう言うが声も大きいし沢辺先生の気遣いはいつもどこかネジが
そもそも僕を学級委員にしたのは沢辺先生だ。
二年G組。ゴミ組と言われたくないでしよ? げんき組にしようよ。
ただのノリで僕は学級委員にされた。
相方は
僕は心踊ったが、甘かったことを知らされる。
とにかく鶴翔さんは忙しい。部活やら応援団やらで駆り出され、しかも何でも引き受けるからまともに学級委員の仕事ができない。だから雑用はほとんど僕がやっている。
それでいて最後のまとめは鶴翔さんがしっかりやるものだから、学級委員の仕事はすべて鶴翔さんがやったことになっているのだ。
まあ、良いのだけどね。今さら僕は輝いていた頃に戻りたいとは思わない。
ただやはり、あの時踊り場で笑っていたのが誰なのかはとても気になる。
そんなことを沢辺先生に言っても仕方がないので僕は黙っていた。
印刷機が空いたので僕が使おうとしたらA組の
「生出くんじゃない。元気?」
「ふつうだね」
「きっと生出くんのことだから静かに印刷機が空くのを待っていたのね? 手伝うよ。先にG組のを片付けよう」
「悪いね」僕は感謝した。
実はこの高原和泉は学園のスーパーガールだ。
スポーツも万能で五月の球技大会ではバスケットで二年A組を優勝に導いた。あの鶴翔さんが目標にしている人物なのだ。
中等部時代、僕たちの学年には「S組十傑」と呼ばれた特別な十人がいた。二年生三年生の定期試験で上位十名の顔ぶれは多少の順位の入れ換えはあるもののずっと同じだった。
その十人は文武両道、容姿端麗でいつも羨望の的であり、今でも伝説となっている。
高等部入学生が入り、その牙城は脆くも崩されたが高原和泉は未だに一桁ランカーを維持している。あれほど忙しい身なのに。
「何か悩みがあるの?」
「いや、悩みというほどではないけれど」僕は少し迷ったが高原に訊いてみた。「中一の頃さ、階段踊り場でちょっとした会議をしたよな?」
「そんなことあったわね。てゆうか、生出くん、同じ班だったわね。すっかり影が薄くなって忘れてたわ」高原は笑った。
これは彼女の
笑顔の主は同じ班だった四人の女子の誰かなのだ。
「あの踊り場でワイワイやっていたの覚えている? よく笑っていたのは誰だっけ?」僕は何気なく訊いた。
「一班だったよね。イツキもリノも入ってなかったからアカネ、ユマ、ミスズよね」
「そうそう」
「だったらゲラゲラ笑うのは私かアカネになるわね。……何てこと言わせるのよ」
こうしてツッコミを入れる愉快な奴なのだ。何でもできる癖に、それをひけらかさず、社交性を発揮する高原はやはり学園の顔だった。
「そうだよな」と思いつつ僕は疑問も感じる。
陽気で感情表現が豊かな高原やアカネが笑っていたとして、ここまで印象に残るだろうか?
「なになに、何かあるのね? 教えなさいよ」
高原は相変わらず馴れ馴れしい。そして近い。僕には刺激が強すぎる。
でも僕は結局高原に説明した。夕日に照らされ笑っていた女の子のことを。
高原はそういうことを聞き出すのがとてもうまいのだ。
今でもたまに思い出すのだ。
あの日、見上げた階段の踊り場、夕日に照らされ笑っていたのは誰だっただろうかと。
「ははあん、生出くんはその子のことが気になるんだ。気になるくせに誰だか思い出せない。なんか矛盾してるね。本当は誰なのかわかっているんじゃない?」
「いや、わからないんだよ。何となくそのイメージというか残像だけが記憶に残っていて」
「本当かなあ」
言われてみれば不思議だ。本当は誰なのかわかっていて、何らかの理由で僕はその記憶を封じ込めてしまったのだろうか。
「何だか私も気になってきたわ。それって私たち一班の子よね?」
「階段の踊り場にたむろって話し込むなんて一班しかあり得ない」
本当にそうなのか?
他の女子が紛れ込んでいた可能性はないのか?
しかしいくら考えても一班以外の女子が紛れ込む理由は思いつかなかった。
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