37. 市場の心理

 後日散歩ついでに公共取引所を訪れた際、花々はふとライトクリスタルの粉を探してみようと思い立った。

 商品一覧画面の中に目的のアイテム名を見つけ、次に価格に目を向けて一瞬固まる。


 ――「ライトクリスタルの粉 」 品質50、単価10セル


(製作後の価格の下落っぷりが酷い!)

 ライトクリスタルの方はやはり100セル前後だった。つまり、製作後10分の1にまで価格が落ちていることになる。

 販売することを考えたら、製作しない方がましだ。

(何でだろ。数はそんなに出回ってないのに……。一部の生産職にしか利用価値がないから? 製作可能レベルが低いから? これを素材にした製作品がしょぼいから? 割りに合わなすぎだろう。ああ、でもライトクリスタルの粉を素材として購入する場合は助かるか)

商品一覧の頁を送る。出品者数は然程多くはない。不人気商品なのだろうか。

(これの為にわざわざ製作クエストを出す意味が分からん。クエストの報酬額は1包30セル。普通にライトクリスタルの粉を購入した方が安いのに……)

 

 悶々と悩みながら花々は頁を行ったり来たりさせていたが、あるアイテム名を見つけて「ああ、そうか」と声を漏らした。


 「シルクの薬草」 品質30、単価500セル


 資料室で調べた内容を思い出す。

(ライトクリスタルの粉って、薬草の肥料としても使われてたんだっけ。確か、もうすぐ薬草栽培の開始時期だもんな)

 クリスタル系鉱石アイテムは魔力を多分に内包している。そして、薬草系植物アイテムの持つ効能の強さはその薬草が吸収した魔力量に影響されると言われている。故に、ライトクリスタルの粉は薬草栽培の肥料の一つとして好まれていた。

(今は丁度売れていて、市場に出回ってる数が減ってる時期なんだ。だから、細工職人に回ってくる分が減ってクエスト報酬が上がる、と。あれ? だったらどうして、公共取引所では値上がりしてないんだ? 分からん)

 結論から言えば、それはタイミングの問題であった。

 薬草にも多種多様な品種が存在するが、その約6割の栽培開始時期は大体同じで、今よりまだ一月程先となる。そして、毎年その時期になるとライトクリスタルの粉の取引が頻繁に行われ、非常に短い期間で価格が乱高下するのだ。

 また細工職人協会がクエストを発注した理由であるが、上記の価格変動のお陰で仕入価格が読み辛いのと、この時期のライトクリスタルの粉の買取は「植物採集士系の職業優先」という暗黙のルールがあった為だ。

 植物採集士系以外の職人系職業協会は、過去から続くこの後の時期の状況を鑑みて、毎年早目に製作クエストの発注を掛けるようにしていた。報酬も他の時期より高額に設定し、おまけとしてレシピを付けることもある。

 花々は上手く恩恵に与ることが出来た訳だ。

「栽培か……」

 上質な絹を思わせる純白の薬草の添付写真を見て、不意に花々の脳裏に殺風景な自室の光景が浮かんだ。

(そうだなあ、そろそろ部屋にインテリアを増やしたいかな)

 やや悩んだが、花々はライトクリスタルを購入することにした。

 花々は商品の入った包みを受け取ると、手早く鞄に仕舞い込み、駆け足で公共取引所を後にした。

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