33. 儀式当日

 健康診断の約一週間後、待ちに待った「細工職人新人教育課程終了講習」と「初級細工職人スキル授与式」の日がやってきた。

 先に講習が行われたが、内容は今迄草薙に教え込まれてきたあれやこれやと大差なかった。他には、四次転職に関する話が少しあった。時間は二時間程度で終わったが、体感時間では随分と長く感じられたように思う。

 それから幾つかの手続きを経て、漸く初級細工職人スキルの授与式に移った。

 案内されたのは細工職人協会施設の地下――未だ花々が立ち入ったことのない区画だった。

 薄暗く重苦しい空気に包まれた、しかしながら大きく開けた部屋は石造りの古びた神殿のような内装になっていた。中央の祭壇を囲むように、神官装備を纏った男性が数人立っている。

 その中の手に書類を持った一人が、花々に声を掛けてきた。

「それでは、細工職人初級スキルの授与を行います。あちらの祭壇の頂上へお上がり下さい」

「はい」

 階段を登った先にある白煉瓦造りの低い祭壇には、赤い魔方陣が描かれていた。その真ん中辺りに立った花々は、徐々に胸の動悸が激しくなっていくのを感じた。

「目を閉じ、心を無にして、力の流れを受け止めて下さい。では、始めます」

 神官の言う通りに目を瞑ってから数秒後、一度だけ全身に電流と熱が走るのを感じた。その後、急に吐き気が襲ってくる。

(……!)

 過去に三度経験したことがある。冒険者学校入学時や一次転職、二次転職の際に行われた、「転職の儀式」と同じ感覚だ。

「終わりましたよ。新たなスキルが身体に定着したのが分かりますか?」

「スキルの所為かは分かりませんが、何か今迄と違う感じがします。身体が重くて……」

「ああそれは……転職の儀式を執り行ったことによって、ステータスにも大きく補正が掛かりましたからね。肉体の変化に付いて来れていないのでしょう。具合いが悪かったら遠慮なく言って下さいね」

 やはり、「初級細工職人スキルの授与式」とは「転職の儀式」であったようだ。念の為、自分の認識が正しいか、目の前の神官に尋ねてみると――。

「はい、その通りです。正確には、『初級細工職人スキルの授与式』は『転職の儀式』プラス『初級細工職人スキルの授与式』です」

「今迄周りで三次職以降の転職の儀式について誰も口にしなかったから、存在しないものだと思っていました」

「ちゃんと三次職以降もありますよ。段階が進む度やることも増える為か、呼び方も都度都度変わりますが。実は職業によっても違いがあって、例えば召喚士は三次職の転職の儀式を『出会いの会』と呼びます」

「『出会い』?」

「儀式でモンスター操作スキルを習得後、捕獲した下級モンスターの交換会が行われるのですよ。そこで召喚士は初めての相棒を選ぶ訳ですね」

(あれだ。保護猫の交換会のノリだ……)

 花々は少々複雑な気分になった。召喚士にとっての相棒とは、実質奴隷だ。特に一番最初の契約獣は獲得してから3年以内の死亡率が99パーセント以上と聞いていた。

「ほ、微笑ましいですね。でも、今のが転職の儀式だったなら、やっぱり今迄は細工職人じゃあ……」

「名目は一応細工職人ですが、まだ転職手続きが最後まで完了していない状態でした。言わば試用期間ですね。だから、職業レベルも上がらないし、新しいスキルも習得できない」

「はあ、本当に見習い状態だったんですね」

「そうなのです。この三次転職の新人研修期間は転職のミスマッチを防止する為に設けられています。過去に、細工職人系に限らず冒険者業界全体で、三次職間での職業変更が頻繁に繰り返された時期がありましてね。特に三次職に集中したのは、冒険者学校卒業後――つまりは独り立ちして初めて就く職業であることが理由のようですが……まあ、その対策なのですよ」

「なるほど」

 実際、花々も何度職業変更したいと思ったことか。主には草薙が原因だが。

「ですが、これで貴女も漸く細工職人の仲間入りです。ようこそ、我々『職業冒険者』の世界へ。冒険者組合は貴女を歓迎します」

 花々はそこで、はっと息を呑んだ。

「職業冒険者」。恐らくは学生ではなく見習いでもない、正規の――本職の冒険者という意味で使われた言葉だろう。

 身が引き締まる言葉だ。

「有難うございます!」

「では、以上で『初級細工職人スキル授与式』は終了となります。総合受付所で資料を貰ってからお帰り下さい」

「分かりました。有難うございました」

「はい、お疲れ様です」

 地下から総合受付のある一階まで戻る。

 人気のない廊下を一人とぼとぼと歩く花々は、ふと利き手である右手の指先を摺り合わせた。転職の儀式の際に受けた電気と熱の余韻が、まだ微かに残っている。

(新しい製作スキル……)

 胸が再び高鳴るのを感じた。

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