12. 今、自分に出来ること

「あのう、一つお聞きしたいんですけど……」

「何でしょう?」

 ふと、かねてより気になっていた「あること」を思い出して、花々は草薙に尋ねてみた。

「細工職人のスキルってどうやって習得するんですか? 登録日にもらった資料の中には『とにかくクエストをこなせ』的なことしか書いてないし、その割りにクエスト報酬にスキル習得書みたいな物はないし」

「それは記載通り『とにかくクエストをこなせ』なのですよ。『全ては新人課程が終わってから』ということです」

「ああ、そういう……」

「待ち遠しいでしょうが、製作クエストや報酬にスキルやレシピの付くクエストは、新人課程が終了した後にご紹介することになっております。これは細工職人に限らず、全ての製作者系三次職に共通して言えることです」

 暗に「安易に職業変更しても状況は改善しないぞ」と牽制されているのが分かり、花々は内心ぎくりとした。

 草薙はその様子を一瞥し、説明を続ける。

「それから花々さんには今現在、クエストカウンターの方から直接クエストリストの紙をお渡ししていますが、いずれは当会館内や各支部のクエストボードから御自分でクエストを探して頂く形になります。クエストボードの利用方法や受注手順については、新人課程終了時にお話致します」

「はー……」

 そこまで聞いて、花々は無意識に溜息を吐いた。

「他の人達を見て何となく気になってはいたんですけど、やっぱりそれが本来のやり方なんですね。何か……まだちゃんと、細工職人になった訳じゃなかったんだ……」

 自分で放った言葉に、花々は何だか悲しくなってしまった。

 すると、草薙は困ったような笑顔を浮かべた。失望させるつもりで言った訳ではなかったのだけれど、と。

「一応、細工職人ではありますよ。初めは誰でもそんなものです。……そうだ。花々さんにこちらのパンフレットをお渡ししましょう」

 そう言って草薙は、丁度傍らに配置されていた棚へ手を伸ばした。棚には色とりどりのチラシやパンフレットが置かれている。その中から、薄い冊子を数冊摘まみ上げた。

 その一番上にあった冊子の題字を見て、花々は驚きの声を漏らした。

「『四次転職』、ですか」

 草薙は頷き、花々にそれらを手渡す。

「冒険者学校から頂いた資料では、花々さんは四次転職を希望されないとありましたし、転職するにしても、まだずっと先の話と思われるかもしれませんが」

「はい」

「ですが実は、三次職に留まり続けるにしても四次職に進むにしても、今の段階から始められることがあります。それは、ステータスの強化です」

 花々の手元に移った冊子の束から、草薙は一冊のパンフレットを引き出した。

 表紙には大きく『ステータスについて』と記載されている。

「同じ細工職人系でも、各職業で重視される能力は異なります。ですので、今後どういう方向で活動していくのかを早目に決めて、計画的なステータス強化を行って頂きたいのです。例えば、体力が必要な職業ならば運動や戦闘をこなす、知力や魔力が必要ならば勉学や魔法修行に励む、といったことです。将来的には、称号を獲得してステータス強化の追加ボーナスを得たり、何かサブ職業に就き、職業レベル上昇に伴うステータス補正で補強を図るのも有効な手段です」

「なるほど……」

「こちらの冊子をご覧になり、また、ご自分でも資料をお調べになって、よくご検討下さいませ」

「……」

 花々は深刻な面持ちで、渡された冊子を見た。

 ――冒険者は常に職業選択に悩まされるもの。

 それこそ、休む間もなく。何時までも、何処までも。まるで、進路に悩まされていた学生時代に戻ったような気分だった。

 ただ、あの頃と違っていたのは――。

「私個人としては、知力や魔力を必要とする職業をお勧めします」

 そんな台詞をぼそりと呟く者が側にいたことだ。

「え?」

 花々は思わず聞き返した。

「独り言です。気にしないで下さい」

 表情を全く変えず淡々と答えると、草薙は軽く会釈をして去っていった。

 彼女は花々が魔法を使えることを知っていた。恐らくは花々のステータスの中で比較的高い数値を示しているのが知力や魔力であることも、冒険者学校から細工職人協会に渡された資料を読んで知っている。知った上での、あの意見だろう。

 草薙の後ろ姿を見送った花々の脳裏に、唐突にある考えが浮かんだ。

(だから、私をダンジョンに差し向けたのだろうか)

 結果的に花々があのダンジョンで魔法を使うことはなかったけれど、彼女の知力や魔力を引き上げる為に、或いはステータスの底上げを目的とした戦闘行為に慣れさせる為に。

今からでも追いかけて問い詰めたい衝動に駆られたが、踏み留まった。きっとこの件に関しても、誠意ある返答は期待できないだろう。

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