夜を使い果たして

春雷

第1話

 たとえば、僕らは箱の中に入れられていて、その様子を誰かが観察しているのだとしたら、僕らはどれほど滑稽な存在として映っているだろうか。

 まるで晒し者だ。

 周囲をぐるりと山に囲まれた僕の住む街は、どこか窮屈で、息苦しい。どこに行っても行き詰まり。こんな街、抜け出してしまいたい。けれど、僕はどこへも行けない。一人で生きていく術を持たないからだ。

 高校生。中途半端な自由と、果てしなく広がっているように見える未来。いまだに広がり続ける銀河。でも僕はどこまでも行っても僕のままで、僕から逃れることはできない。僕はどこへも行けない。そんな閉塞感を、心の声を、ポケットに隠しながら、一切合切飲み込んで、今日もだらだらと時間を潰していた。


 放課後は友達とボウリングに行くか、カラオケに行くか、ファミレスに行くか、そのいずれかだ。今日はファミレスで時間を潰すことになった。

 ホットコーヒーを飲みながら、益体もない話をする。クラスの誰が可愛いとか、あの先生は嫌いだとか、そんな感じの話だ。四人も揃って一体何をしているのだか。

 しかし本当に有益な時間の使い方とは何だろう。

 幼い僕にはよくわからない。長い人生を生きて、振り返って、やっと気づくものなのかもしれない。

 あるいは人生に無駄などないのかもしれない。要するに価値観の話だ。どう思うかは俺の勝手だ。

 何をそんなに話し込んだのか、もはや覚えていない。気づけば窓の外では陽が落ちて、夜になっていた。

 友達の一人が言った。海に行って花火をしよう、と。僕はまるで青春だな、と言った。

「知らざあ言って聞かせやしょう。俺たちは青春の只中にいるんだぜ?」

 確かにそうだな、と僕は思った。俺たちの夜は忙しい。


 線香花火。パッと咲いて散って消えていく。美しいものほど儚くて、すぐに消えてしまう。今過ごしているこの一瞬も一秒後には失われる。

 夏の終わり。少し冷たい風が頬を撫でる。今日は熱帯夜じゃない。潮の香り。漣の音。砂が靴に入って気持ち悪い。街灯の光に負けて星は見えない。でも、星は確かにそこに存在している。僕らと同じように。

 僕らは滑稽で、ばかで、無駄な時間を過ごしていて、何年後かにはきっと、もっと勉強すれば良かったとか、やりたいことをやっておけば良かったとか、あの子に告白すれば良かったとか、全力で生きていれば良かったとか、そういう後悔をするのだろう。

 それはベロベロに酔っ払った深夜かもしれないし、苦いコーヒーを飲んだ朝かもしれない。

 そうだ、僕には今しかない。今しか見えない。想像力が足りないから、一秒先のことさえ予測できない。

 未来予想図は描けない。

 不安、焦燥、恐怖。

 それらを一網打尽にするため、僕らはいくつもの夜を使い果たす。

 何度も夜更かししては、月明かりに照らされ、惑い、痛み、憂い、繰り返し、迷い込む。

 うんざりしたり、期待したり、忙しい心。

 浅い眠りの中で後悔が心を覆っても、何度でも夢を見よう。

 線香花火のように消えたとしても。

 僕には今しかないのだから。

 いつか箱の外に出るまで。

 夜を使い果たすまで。

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夜を使い果たして 春雷 @syunrai3333

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