第42話 やっぱりフェミが好き


「「はぁ~~~~~~~~~~~~~~~っ!!……」」


 女は息を吐くというより、わざとらしく声に出してため息を付いてみせた。

 スピーカーが今にも「キュイィィィーン」とハウリングを起こしそうな大きな声だった。ロボットまで肩をすくめて見せる。

 孤独な男の贅沢な静寂は、なんだかずいぶんと無粋な感じに破られた。


 小鳥のさえずりしか聞こえないはずの山の中の広場で、白い巨大ロボットによるオーバージェスチャー込みのため息を響かせるという、なんともシュールな光景が現れ。さっき迄の贅沢な無人空間をお笑い劇場みたいにされてしまった。


 堀部がロボットの合体シーンをスマホで撮影していなかったという事実が、大層お気に召さなかったらしい。


 青少年センター初老の職員、堀部の前に突如現れた巨大ロボット。

 若い女の声で一通り好き勝手なことを言った挙げ句、ダメ押しで出たのが、このため息だった。


 次は何を言い出すのかと思いきや、ロボットは無言でかがみ込んで、自らの腹のあたりに手を持っていった。

 すると突然、分厚い外装に切れ目が入り、その部分が可動部となってせり上がる。

 その下のさらに二重・三重構造になった機構が動き、ハッチが開く。


「おおおおおお~、すごい……」なんて素直に言葉が出てしまう。


 すると中から女が出てきた。

 うわ、やはり若い女だ。それもかなりの美人じゃないか。


 堀部は緊張して顔が少しひきつった。

 正直、若い女とこんな人けのない場所で一対一になるのはマズいと思った。

 美人ならなおさらだ。今までの経験上こういう場面は、きっとろくなことにならない。嫌な予感がした。


 堀部は明らかに対人関係は得意ではなかった。

 仕事上、こどもたちへの施設やイベントの説明を求められることもあったが、急に距離を詰めてくるこどもも本当はあまり得意ではなかった。なので他の職員が苦手とする力仕事や虫が出るような所での作業をかって出るのだ。


 他人との距離感というものを測りかねる。故に小心者だと侮られがちになる。それでも男同士ならまだなんとかなるのだが、自意識過剰な年頃の女となるともう、めちゃくちゃ苦手としていた。


 年頃の女の、自分の価値が普遍的にどんな男にも通用すると思い込んでいる、男で言うなら『脳筋』に類する、ある意味暴力的な感覚がどうしようもなく苦手だった。


 すべての男が性的に自分を欲している。そうに決まっている。と恥ずかしげもなく思い込み、ピリピリした内面を時々裏返して見せてくる。ああ……、なんたることだ。

 そういう厚かましく底なしに無礼な神経がどうしようもなく不快なのである。


 若い女がよく口にする『生理的に無理』というやつだ、そういう感情が男にも有ることを、女は知りもしないのだろう。でなければ到底できる所業ではない。


 堀部にとって若く自意識過剰な女は『生理的に無理』なのである。

 できれば生涯、関わり合う事がなければ良いのにと願ってすらいる。


 そこへ特殊なコスチュームに身を包んだ自意識の塊みたいな女が颯爽と現れた。


 体にピッチリとした、さながら派手目のライダースーツのような身なり。

 今どきのベンチャー企業の宇宙服っぽくも見える。

 正直カッコイイ。ファッションのことはわからないが、とにかくカッコ良かった。

 顔も美人だが、スタイルも良く、体にピッチリした服がさらにそれを強調している。


 しかしなんかこう、立ちふるまいの端々に、自分の容姿に自信がある雰囲気が全開で出ている女だなぁ。そういう女優かモデルさん、いや、宝塚のトップスター。

 なんていうんだっけ? 誰かが言ってた、宝塚のお姉さんらの事を略して……。

 ああ、そうだ『ヅカ』だ、『ヅカネーチャン』!

 あれは『ヅカネーチャン』っぽい仕草だ。


 しゅばっと長い髪をかきあげて堀部の方を一瞥すると、ロボットの手に飛び乗り

 ビシッ! っとなんか偉そうに腰に手を当ててポーズを決めて、見下ろしてくる。


 なんだなんだ? と思っていたら。

 ロボットは手に載せた女を大事そうに堀部の前へとゆっくり下ろしはじめた。

 それがロボットの意思なのか、自動でそうなってるのかはわからない。

 自動ならたいしたもんだ。


 あとなんだかこれあれだ、結婚式のゴンドラみたいだ。

 急に思い出が蘇ってきた。


 自分が若い頃、好景気バブル経済時代全盛の頃に、みんなお金があったから、どんどん結婚式が豪華で奇天烈な趣向を凝らすのが流行っていた時期があった。


 ある日、友だちの結婚式に行ったら新郎新婦がいない。

 まぁ、あとから登場するんだろうとは思っていたが、まさかそれが天井からとは思わなかった。照明が暗くなると天井のフタが開いて、上からゴンドラに乗った新郎新婦が、『ガブイィィィィン』と電車っぽいモーター音を響かせて出てきたのだ。


 あのなんともいえない困った空気。

 派手でおめでたい感じなのは確かである。しかし。

 確かにおめでたいが、そういうおめでたいは求められてない。

 と言った感じの、種類の違う、場違いなおめでたさが、あのゴンドラ演出からは出ていた。


 そういう結婚式場があるのは知っていた。テレビCMでやっていたから。


 でもCMでは美男美女の役者さんがやっていたから絵になったけど、きわめて一般人たる小市民的風貌の新郎新婦がゴンドラに乗って登場するのを見ると、なんだか晒し者というか、カッコよく演出したかったのに、お笑い芸人の茶番みたいに見られてる。


 ウケるのはウケるけど、ウケ方が想定していたのとずいぶん違うんだなと。

 もちろんそうだとわかっている人なら大いに結構な演出なのだろうが、少なくとも我が友である新郎新婦たちにとっては、苦々しいお節介になったようだった。


『一生に一度のことだから!』とお互いの両親が張り込んで、良かれと思って最高級のコースを選んだ結果がこうなるという、山田太一のドラマに出てくる若い柳沢慎吾が「いたたまれねえよ!」って顔を歪ませそうなシチュエーション。


 なんでも宣伝や一時のノリで流行りに乗っかってはいけないなと、見世物状態となってはずかしそうな友人新郎新婦の姿を見ながら考えさせられる演出であった。

 自分のことではないが、なんだかほろ苦い思い出である。


『フヴィィィィィン』と。アクチュエーターの作動音をさせていた、女を乗せたロボットの手が、シュンと地面に接触するまえのところで静かに止まった。

 女はロボットの手から飛び降りツカツカと眼の前に歩いてくる。


 結婚式での友人とは偉い違いだ。

 こんな浮世離れした動作を堂々とやってのけるこのヅカネーチャンみたいな女。

 一体何者だ? 

 その大物然とした立ち振舞は、特撮ヒーロー番組に出てくる悪のセクシー女幹部の風格さえある。


 女は、やぶからぼうに言い放つ。

「スマホ」


「へ?」


「スマホ、出して」


 何事かといぶかしみつつ、薄汚れた作業用の腰ポーチに入れてあったスマホを取り出し、スイッチを入れてみた。

 スマホ正面のカメラが持ち主の顔を認証してロックが外れる。

 と、そのとたん、パッとスマホが女に取られた。


 え!? なに勝手に…。と言うまもなく、女は、持ち主よりはるかに慣れた手付きでスマホを操作し、インストールされているアプリを確認しはじめ。

「わー、これ高級機種だねオジサン」などと言っている。


 呆れた。

 なんという不躾な、自分勝手に振る舞う女だろう。


 そうだよ。高級機種だよ。でも好きで買ったんじゃない。

 よく分からないし、仕事でも必要だから間違いのないものを、と店員に言ったら、

 そういう高級なのを毎回買わされているだけだ。


 美人の店員の笑顔の下、まるで男を手玉に取ったかのような、してやったりな思惑もビカビカと丸見えに見えている。見苦しくて正視に堪えない。嗅ぎたくもないキツい香水を嗅がされているような。暴力的な不快さだ。ハッキリと気分はよろしくないが、もうこういう機械に詳しくない自分にはどうしようもない事だった。

 一言なにか言ってやりたいが、なんと言って良いかも分からないし、結局目を伏せて不満を押し殺し、言われるままに契約、購入だ。


「返せ」

 堀部はフェミ子からスマホをひったくるように奪い返した。

 それは今思い出したあの女店員への憤懣も混ざっていたと言わざるを得ない。


「ツブイッターのアカウント持ってるのね? じゃあそこにロボットが合体する動画を投稿してよ」

 フェミ子はまったく悪びれずに言った。


 堀部のツブイッターのアカウントは、施設の広報用である、個人のものではない。

 いや、本来は個人のもの以外の何ものでもないのだが、堀部が文句を言わないのをいいことに、勝手に都合よくいろいろさせられて、気がつくともう広報用となってるのも同然の状態だ。


 ときどきイベントの準備作業の様子なんかを投稿する。もちろん自主的にやっているわけではない。「堀部さん、やっといて」でやらされているのだ。

 堀部には、広報するにしてももっと伝えたいことが、この自然の中で過ごす時間をもっと知ってもらいたい気持ちがあったが、それを発信する器用さは自分の中に見つけられないでいた。

 フォロワーも役所関係のおざなりな登録や、あとは学校、地域の子ども会といったところだ。


 そんなところにロボットの動画を投稿しろと指図され、堀部は身を固くした。

 完全に警戒させてしまっている。


 この辺がフェミ子のフェミ子たる所以。

 フェミ子のダメなところである。


 フェミ子がイメージするカッコイイ活躍をしている女たちの多くは、男にこのような警戒心を持たせない。わざとそういう風にしている。

 よくある馬鹿な女を装うのもその代表的手段だ。(あまり良い手ではないが)


 しかし、ズボらなフェミ子にはそれが出来ない。

『走れメロス』のメロスには政治が分からぬよろしく、フェミ子には男心がわからぬ。本来、敵ではないものにまで敵対してしまうのだ。


「ニャー」と鳴ければ可愛がられるのに、つい不必要に「シャーッ!!」と鳴いてしまうダメな野良猫。どうあがいても人の保護なしでは満足に生きられない生物なのに、いたずらに人々に嫌われて生存確率を著しく落としてしまう。


 最初はそうではなかったのに、いつのまにかそういう習性となっていた。


「いいえ私はひとりでも生きていける!」

「私は他人に、男にへりくだったりしない!」


 とやってしまう。

 そんな悲しい習性であった。


 しかしメロスは邪悪に対しては、人一倍に敏感であった、愚鈍ではない。

 ではフェミ子は何に対して人一倍に敏感なのだろうか?



 ────じつはフェミ子は10年ほど前、芸能タレントだったことが一時期あった。





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