第41話 レッツ・コンバイン!

 初老の青少年センター職員、堀部則夫が目尻に深いシワを寄せ、眩しそうに見上げる先にあるのは空中にほぼ静止している巨大ロボット。


 正確には巨大ロボットの上半身と下半身が別れたモノ。


 それが青空に忽然と浮かんでいるさまは。

 シュルレアリスムの巨匠『ルネ・マグリット,(1898年-1967年)』が好んで用いた技法 『デペイズマン / Dépaysement』(あるモノが思いがけない場所にある違和感)で描いた作品の数々。フランスパンや、ワイングラスが青空を背景にぽっかり浮かんでいる日常の中の非日常を描いた絵画、まさしくそんなシュールな光景を思わせた。


 その絵画じみた風景に赤いノイズが飛び込んでくる。小型飛行機だ。

 真っ赤な矢のような勢いで北東方向からやってきた。


 空中に浮かぶ宇宙人ロボットに一切躊躇せず接近してくる。

 まさか! ぶつかるぞ!


「あっ、あぶない!それに近づいては危険だ!」

 そう叫んだのも束の間、小型飛行機は機体を起こす動作とともに、ドラム缶にでもなる感じで機首がクルッと回ると縮み、あとは翼をパタパタと折りたたんで円柱型の塊へと変形してしまった。


 そのドラム缶状になった赤い機体を上下から挟み込むように。いや、ズボンを履かせ、上着を着せると形容した方が近いのか。そういう手順でガチャンガチャンと、とにかくやたらと正確かつ滞りも無く、スムーズに三機は合体してひとつのロボットとなった。


 むしろこれが本来の姿なのだろう。

 あの上半身と下半身は、この飛行機が来るのを待っていたのだ。


 電車の連結作業さながらの音がしたが、あのようなノロノロとした慎重な動きではなく、分解を逆回しで見ているごとくあっという間の早業で合体手順が終了した。

 それは、明らかにロケット噴射などで制御されるような動きではなく、もっとそう、まるでUFOがクニャクニャと自由自在に動くテクノロジー、あれほど極端ではないにしろ、それに近いものが見て取れる動きだった。


 ロボットは一瞬、合体した体を馴染ませるのか、強張った体の緊張を解くようにググーッと胸を張り、背筋を伸ばす姿勢を見せたが、すぐさま着地体勢へと移行する。

 ゴーーーッという逆噴射の青い炎がロボットの足の裏、胸、背中のあたりで輝いていた。


 そしてそのままスルスルと高度を落とし、『風と星の広場』北東側、アカハラダカ観測基地がある所の前、クルマ100台分の何も駐車していないガラガラの駐車場へと着地した。巨大な鉄の塊が墜落してくるイメージから、ドカーンと着地衝撃が来ると思って身構えていたが、それはなかった。

 なにか見えないクッションにでも沈み込むかの強力な制動が空中で働き

 みるみるスピードを落としてゆく。

 オリンピック床運動選手のダーンとした着地なんかよりも、ずっと自然な動作でふわりと足を地に着き、大砲が発射の反動を中退機で殺すように、スッとかがんで勢いを止めてみせた。


 パチパチパチ……。

 気がつくと拍手をしていた。

 そのぐらい見事な動作で見ごたえのある着地だった。


 ロボットというより、宇宙人、宇宙から来た巨人。

 堀部にはそう見えていた。

 そう見えるほど生物的であり、知性を感じる優雅な着地であった。


 再びスッと立ち上がるとロボットは拍手が聞こえたのか、こちらにアタマを向けて堀部を視認、アクチュエーターの動作音と共に体を捻って足を動かし近づいて来る。

 半回転する形となった軸足の裏では薄いアスファルトがドロみたいにほじくられて耕された。どれぐらいの重量なんだろう?


 ズシン、ズシン、と道路と広場を隔てている柵をまたいでやってくる。

 小さな柵だが、それでも器用に跨ぐものだなぁ──。

 ……と変な所に感心してしまい逃げるのを忘れた。


 すると突然、予想外の音声が響き、あたりの空気を震わせた。


「「おじさんどうだった?」」


 堀部は耳を疑った、巨大ロボットがいきなり語りかけてきたのだ。

 スピーカー越しの若干反響を帯びたその声は、ロボットに似つかわしくない若い女の声。どこか馴れ馴れしいというか、軽薄なノリの女の声だ。


「「おじさん、どうだった? って聞いてんの!」」

 ロボットの女は語気を強めて再度問うてきた。


「え? えええぇええぇぇ~……???」

 状況が飲み込めずに堀部が返答に窮していると

 ロボットは外人がやるような肩をすくめるジェスチャーをしながら。


「「今、合体するとこ見てたでしょ? どうだった? カッコ良かったでしょ?

 映え,(ばえ)するよね? これは流石にダサいロボットでも映えするよね? ね?」」


 マイクの向こうで「「ウフフ」」と嬉しそうに笑いをこぼしている息遣いが聞こえた。そして


「「──ちゃんとスマホで撮ってくれた?」」


 と矢継ぎ早に問うてきた。

 なにが〝ちゃんと〟か分からんが

 すごく、ものすごく自己中心的な圧を感じる問いかけなのはよくわかった。


「え……いや……」

 堀部はやっとのことで撮影を否定した。


「「ええええええええ~~~、撮ってないの!? マジで!? ウソでしょ!? なんで!? なんで撮ってないの!? 」」


 いやそんなこと聞かれても……。とは言えない空気だったので黙ってた。


「「なに? え? なに? もう一回やれってこと!? 嫌なんですけど。めっちゃ嫌なんですけど? わたし忙しいんですけどぉ?」」


 知らんがなそんなこと……。と思ったが、とりあえず様子見で黙っていた。


 っていうか、女が喋るのに合わせてロボットがいろいろジェスチャーをするのだが、その度にその足元がズシンズシンと動いて地面が耕されるのが恐ろしくて気が気でなかった。


 今にも踏み潰されそうだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る