第44話 好きのしるし4


 卒業まであと八日。


 授業がないので音楽室に直行した私——彩弓あみだが、今日も音楽室にはたけるしかいなかった。


「彩弓、今日も暗いけど……まだ伊利亜いりあと仲直りできてないの? 尚人なおととのデートくらいで」

「……伊利亜に……さらに誤解された」

「尚人が何かしたの?」

「尚人が私を諦めないと言うんだ」

「あいつも必死だね」

「どうやら私が尚人と一緒にいることで、伊利亜に不快な思いをさせているらしい」

「まあ、そうだよね。尚人が彩弓のことを好きなのは周知の事実だし」

「どうすれば、伊利亜は戻ってきてくれるだろうか」

「そうだね……こういう時は、彩弓じゃなくて団長として言葉をかける方がいいんじゃない?」

「団長として? どういう意味だ?」

「彩弓は団長モードの時の方が強いし、しっかりしてるよね」

「団長モード?」

「ああ、僕たちの手綱をしっかりと握れるのは、団長しかいないでしょ?」

「だが、今の私は団長じゃないんだ。そう言ったのは健だろう」

「そうだね。彩弓は確かにもう団長ではないけど、それでも必要があれば、団長にもならないと」

「団長になる……か」

「まあ、頑張ってよ。悪あがきする尚人に、敗北というものも教えてやってほしいんだ」

「敗北?」

「そうだよ。尚人はああ見えて、前世から負け知らずだから」

「健は伊利亜を応援しているのか?」

「伊利亜を応援してるわけじゃないよ。彩弓に幸せになってほしいだけだよ。他人の幸せを願うなんて、それこそ尚人にはわからない感覚なのかもしれないけど」

「なんとなく、わかったぞ。よし、ようやく目が覚めた気がする。ありがとう、健」

「どういたしまして」






 ***






 健に「団長になれ」というアドバイスをもらった私は、さっそく非常階段の踊り場に尚人を呼び出すが——。


「おい、尚人」

「どうしたの? 彩弓」

「今日こそハッキリ言うが、私はお前とはつきあえない」

「今日じゃなくても、ハッキリ言ってるよね。何度言われても、諦めないから」

「いや、諦めてもらうぞ! 勝負しろ! 尚人」

「は?」

「前世ではいつも、剣を交えることで説教していたが、今の私は体力的にハンデがあるからな……私は私の持つ武器を最大限活かすことにしよう」

「武器って?」

「もちろん、頭突きのことだ」

「それは痛そうだね……でも、今の彩弓になら勝てる気がする。で、勝負するなら、何を賭けるの?」

「もちろん、私は私を賭ける」

「じゃあ、俺が勝ったら、俺とつきあってくれるってこと?」

「ああ、そうだ」

「それで、いつやるの? 今?」

「いや、明日の夜だ」

「夜か……俺が暗闇に弱いって覚えてたんだね」

「当たり前だ。前世では誰が育てたと思っているんだ」

「いいよ。夜闇のハンデくらい、あげるよ。楽しみだな……俺が勝ったら、彩弓の初めても貰うからね」

「初めて? なんでも好きにしろ」


 なんだかよくわからないが、自分を賭けた以上は、初めてだろうがなんだろうが、渡すことに異論はなかった。


 かといって、負けるつもりもないわけだが。


 騎士は騎士らしく、勝負は正々堂々とやろうではないか。


 そんなことを思っていると、ふいに背中から声がした。


「——おい、待て」


 いつから見ていたのか、伊利亜が私のところにやってくる。


「伊利亜?」

「お前、だからなんでそう、怖いもの知らずなんだよ」

「尚人と二人でいることで、不安になるのは伊利亜だろう? だから、私の伊利亜への愛を証明してみせたいんだ」

「誰もそんなこと、頼んでないだろ」

「だが、お前を不快にさせているのだろう? 伊利亜が不安に思うなら、私がそれを取り除くまでだ」

「だからって、どうしてこうなるんだ?」

「この方法以外、思いつかなかったんだ」


 私が清々しく笑ってみせると、伊利亜はなぜか頭を抱えた。


 すると、静かに見ていた尚人が苛立ったように口を挟む。


「伊利亜、悪いけど彩弓との決闘は邪魔しないでよ。もう彩弓とは関係ないんでしょ?」

「……」


 無言ながらも伊利亜は、険しい顔をしていた。


 今はそんな顔をしていても、きっと私の勇姿を見れば納得してくれるに違いない。


 だから私は安心させるように伊利亜に告げる。


「案ずるな、伊利亜。私はすぐにお前を安心させてやる」

「……おい」

「なんだ」

「どいつもこいつもバカにしやがって」

「何がだ?」


 私が訊ねても、伊利亜は無視して尚人と向き合う。 


 何を思ったのか、今まで逃げ続けていた伊利亜が珍しく前に出たのだった。


「尚人先輩」

「なに?」

「悪いがその勝負、俺が引き受ける」

「は? 何を言うんだ、伊利亜」


 伊利亜の宣言に、私が目を丸くしていると、尚人はますます機嫌の悪い顔で息を吐き出した。


「彩弓をさんざん放置しておいて、いまさら? まあ、俺はどっちでもいいよ。どうせ勝つだけだから」

「なんだと! こら伊利亜、私の決闘の邪魔するな」


 私が抗議すると、伊利亜は相変わらず飄々と告げる。


「欲しい物は、自分の力で手にいれろって……そう教えたのは団長だろ」

「そんなことを言ったような、言ってないような……」

「思い出せとは言わない。だが、俺は俺がやるべきことをようやく見つけた気がする」

「伊利亜?」

「尚人先輩の存在に怯えるなんてガラじゃない。不安要素は、俺自身が取り除かないと意味がないんだ」

「じゃあ、いつにする? 明日の夜でいいの?」

 

 すでに戦う気満々の尚人が予定を確認する中、私は慌てて伊利亜と尚人の間に手を出して割り込む。


「ちょっと待て! 私を置いて勝手に話を進めるな!」


 だが前に出た私を、伊利亜が押し退けたかと思えば——伊利亜は私に向かって静かに怒りながら告げる。


「お前こそ、勝手に一人で解決しようとするんじゃない」

「それは……伊利亜が無視するから、相談できなかったんだ」

「そうだな。逃げてばかりの俺も悪かった。だがもう逃げるつもりはない」

「……だったら、俺も本気で相手しないとね」


 尚人の目が好戦的に赤く光る。


 一触即発な伊利亜と尚人に、私はそれ以上口を挟むことができなかった。






 ***






 翌日、廃ビルの屋上は、暗い夜空と三日月を背負っていた。


 伊利亜に押し切られる形で、決闘を肩代わりされた私だが、やはり納得できず、伊利亜に詰め寄った。


「おい、伊利亜! どうするつもりだ?」

「……団長」

「あの狂戦士バーサーカーをまともに相手して、勝てると思っているのか?」

「ああ、なんとしてでも勝ってやるよ」


 網フェンスで囲まれたその場所は、地面がところどころヒビ割れている以外、とくに何もない場所だった。


 尚人の親が所有する建物ということで、決闘の場に選んだらしい。


 騒がしい繁華街の中心ということで、やや賑やかな場所ではあるが、戦うには絶好のポイントだった。


 網フェンスについた照明が煌々と屋上を照らす中、そのうち尚人が口を開く。


「伊利亜、準備はいい?」

「俺はいつでも戦える」

「そっか。なら行くよ」


 怒りによって豹変する尚人だが——最近は自分の力をコントロールできるらしく、尚人はしょっぱなからハードモードで戦った。


 武器を持つと死人が出るかもしれないので、素手での殴り合いが始まる中、私はどっしりと構えて見守った。団長たるもの、こういう時はしっかりと見届けてやらないといけないからだ。


「尚人がやや優勢かな。彩弓も大変だね」

「健! どうしてここに?」


 伊利亜と尚人の殴り合いを遠巻きに見守っていた私だが、気づくと隣に健がいた。


「尚人から聞いたよ。彩弓を賭けて決闘するんだって? いつの時代の人間だよ」

「ふむ。決闘そのものは嫌いではないが、私自身が賭かっているから、私が戦いたかった」

「彩弓はやっぱり団長だよね。普通の女の子だったら、ここで目をうるうるさせながら見守るだろうけど——あ、今の、綺麗に入っちゃったね。尚人の拳が……痛そう」

「伊利亜なら、あのくらい平気だ」

「そうかな? ものすごく痛そうな顔をしてるけど」

「あいつはそんな柔な人間じゃないからな」






 ***






「伊利亜はその程度なの? つまらないな」

「まだだ」


 彩弓や健に見守られる中、再び尚人に拳を向けた伊利亜だが、尚人はそれを真正面から受けたかと思えば、流れるような仕草で伊利亜の拳を流した。


 キレると厄介な尚人だが、何もない状態でもじゅうぶん強かった。


「伊利亜の力はそんなものなの?」

「くそっ」

「嬉しいな。これが終わったら、彩弓とどんなことして遊ぼうかな」

「化け物かよ……陛下の修行がなかったら、とっくに倒れてた」


 伊利亜が口の中でそう呟く傍ら、尚人は余裕たっぷりに告げる。


「俺も飽きてきたし、そろそろ決着つける? こんなの、いつでも終わらせられるし」

「……」


 尚人の挑発にあっさり乗った伊利亜は、正面から攻撃すると見せかけて後ろに回り込み、尚人を羽交い締めにするようにして首をしめた。


「ぐっ」


 尚人は暴れるが、伊利亜の拘束をすぐには外すことができず。


 その顔が徐々に怒りの表情に変わる。


「離せ!」

「……」


 伊利亜は一度、尚人を解放すると——よろめいた尚人の背中に蹴りを入れた。


「こいつ!」


 赤く染まる尚人の目。


 それを見た健と彩弓が息をのむ。 


「やばい、尚人がキレそう」

「伊利亜!」


 キレることで自身のリミッターが外れた尚人は、さらに俊敏な動きで伊利亜の腹を殴打する。


 その衝撃で伊利亜は倒れかけるが、なんとか踏みとどまって尚人を殴り返した。


「おい、伊利亜! 倒れるなよ! 倒れたら頭突きだからな!」

「彩弓……鬼だね。スポーツ観戦じゃないんだから」


 だが伊利亜は彩弓の言葉に応えるように、決して倒れなかった。


「伊利亜!」


 幾度となく殴られた伊利亜は足元をふらつかせる。

 

 そしてその様子を好機と見た尚人は、とどめに拳を入れようとするが——すんでのところで伊利亜が後ろに下がった。


「ああ、見ているだけというのは、どうしてこうじれったいんだ。私も一緒に戦いたい!」

「ダメだよ、彩弓。彩弓が参戦したら、きっと尚人が喜ぶだけだろうから。あいつはこれを遊びだと思ってるからね」

「なんだと……?」

「ねぇ、尚人! タイムいいかな?」


 突然、声をあげた健に、尚人と伊利亜が動きを止めた。






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