第28話 イレギュラー



『——あれはどういうことなの?』


 敵に呼びだされたのは二度目だった。


 私——彩弓あみはビルの屋上で周囲を確認する。


 前回とは違って、敵の気配が近い。倉庫の中にでもいるのだろうか。


 だが、安易に踏み込めば、何が起きるかわからないので相手の出方をうかがうしかなかった。


「なんの話だ?」


 訊ねると、変声器で合成された声が響く。


『決まってるでしょ、騎士団につきまとうあの女のことよ』

「騎士団につきまとう女? 私の姉のことか? 姉さんはつきまとってなんかいないぞ」

『私は騎士団に二度と近づかないよう言ったはずよ』

「私は近づいていない。騎士団が姉に会いにくるんだ」

『姉妹そろって邪魔だわ。このままあなたの姉が騎士団と一緒にいるようなら、わかってるわよね?』

「待ってくれ、姉は騎士団とは関係ない」

『関係なくても、騎士団に近づく人間は許さないわ』

「姉には手を出すな!」


 私は声の主を探して倉庫の扉を開けた。


 姉が命を狙われたら、と思うと気が気でなかった。


「どこにいるんだ!」


 だがその時、


「きゃあああ!」


 どこからともなく女性の悲鳴が聞こえた。


 倉庫の裏側の方からだった。


 慌てて駆けつけると、そこには——。






 ***






 夜の八時を回った頃。


 彩弓あみの自宅では、相変わらず友梨香ゆりかの元に騎士団のメンバーが集まっていた。


「彩弓、遅いね」


 コの字ソファでゆったりお茶を飲んでいたたけるが、何気なく口を開く。


 尚人なおとも心配そうに時計を見つめた。


「敵と接触してたりして」

「その可能性を考えて、甚十じんとさんにお願いしてあるよ」


 健がティーカップに口をつける中、ひかるも感心したよう口を開く。


「手回しがいいね。でも、どうして甚十さん?」

「甚十さんを友梨香さんに近づけるのは危険だから、裏方をやってもらおうと思って」


 健の言葉に、尚人も納得しながら頷く。


「節操なさそうだもんね」


 ひかるは苦笑する。


「さんざんな言われようだね」

「あら、なんの話?」


 目を瞬かせる友梨香に、健が簡単に説明する。


「僕たちの他にも、仲間がいるんです」

「まあ、そうなの? たくさんの人に守ってもらえて、彩弓ちゃんは幸せ者ね」

「それにしても……お姉さんは意外と落ち着いてますね。彩弓の周りで色んなことが起きてるのに」

「落ち着いて見えるかしら? これでもとても心配しているのよ。彩弓ちゃんが狙われていると聞いて、驚いたけど……あなたたちがいてくれるなら、心配ないわ」

「最近会ったばかりの僕らを、信じてくれるんですね」


 健の言葉には、何かを探るような雰囲気があった。


 その意味深な様子に、尚人が目を丸くする。


「健、どうしたの? なんだか変だけど」

「尚人……他にも言い方あるでしょ? まあ、いいや。友梨香さん、実は僕たちのことを昔から知ってるんじゃないですか?」

「なんのことかしら?」

「いったいどうしたんだ? 健は」


 ひかるも驚いた顔を見せる。


 すると、健は腕を組みながら不敵に笑う。


「ちょっと引っかかることがあって、気になっていたんだ」

「何がだ?」

「イタリア料理店で僕が、テナの婚約の話をした時……それをお姉さんは『尚人くんが婚約するの?』って聞いてきたんだよね」


 健の言葉の続きを、れいが拾う。


「なるほど。テナが尚人だとわかるのは、前世を知っている人間だけ……ということか」

「そういうこと。だから僕らのことをここまで信頼してくれるのかなって」


 皆の視線が友梨香に集中する中、彼女は困った顔をする。


「……あらあら、気をつけてはいたんだけど」

「あなたも前世の関係者なんですか?」


 健が真っ向から訊ねると、友梨香は苦笑する。


「あまり言いたくはなかったのだけど、実は私……」


 友梨香が言いかけた時、黙って聞いていた伊利亜が突然口を挟む。


「おい」

「何? 今大事な話をしてるところなんだけど」


 呆れた声を放つ健に、伊利亜は焦ったように告げる。


「もっと重要な話だ」

「なんなの?」

「今、甚十さんからメッセージが来て——あいつが誘拐されたらしい」

「はあ!? それって敵に?」

「イレギュラーな事態が起こったようだ」

 

 伊利亜の言葉に、騎士たちはいっせいにスマホを開く。


 グループチャットには、彩弓が誘拐された旨が報告されていた。


「彩弓が、敵とは別の人間に誘拐されたってこと?」


 尚人が訊ねると、伊利亜は個人的に送られてきたメッセージを読みながら告げる。


「団長も敵もまとめて誘拐されたらしい」

甚十じんとさんは何してるの?」


 健は呆れた様子だった。彩弓を守るために甚十を派遣したはずが、守れなかったことに驚きを隠せなかった。


 伊利亜はさらに説明する。


「人質を盾に逃げられたそうだ」

「一度、甚十じんとさんと合流しよう」


 健が提案すると、そんな時、友梨香が手を上げる。


「私もついていってもいいかしら?」


 だが、れいがそれを止めた。


「お姉さんはダメです。何が起こるかわかりませんから」

「大丈夫。いざという時のスタンガンでしょ、トウガラシスプレーでしょ……それから」


 友梨香が嬉しそうに防犯グッズを持ってくると、健は苦笑する。

 

「お姉さんが危険物ですね」

「いいんじゃない? 敵は誘拐されていないみたいだし」


 ひかるが告げると、友梨香は手を合わせてさらにお願いする。


「お願い! 彩弓ちゃんのことが心配なの」

「みんなはどう思う?」


 健が立ち上がって他の者たちの顔を見ると——尚人が手を上げる。


「俺はとにかく早く甚十さんのところに行ったほうがいいと思う」

「そうだな。こうやって話し合う時間が勿体ないのは確かだ」


 れいも賛同し、健は大きく頷く。


「わかった。じゃあ、友梨香さんも連れていこう」

「みんなありがとう」


 満面の笑みを浮かべる友梨香だが、伊利亜だけは少し心配そうな顔をしていた。






 ***






「甚十さん!」


 彩弓の自宅マンションからほど近いビルの屋上にやってきた健たちは、倉庫の前で待ち構えていた甚十に駆け寄った。


「遅かったな……ん? その女の人は誰だ」

「彩弓のお姉さんだよ」

 

 健が告げると、甚十は笑顔を作る。


「綺麗な人だね」

「甚十さん、今非常時」

「率直な感想を述べただけだよ」


 調子の良い甚十に、健が呆れた顔をする中、痺れを切らした礼が口を挟む。


「そんなことより、団長が誘拐されたというのは、本当ですか? 甚十さん」

「ああ、敵と一緒に誘拐された」

「どうして団長と一緒に攫われたのが敵だとわかったんですか?」

「俺は彩弓を狙う人物に接触したことがあるんだ」


 甚十が頭を掻きながら説明すると、健が思い出したように告げる。


「そういえば、甚十さんが闇サイトを通じて敵に接触したって伊利亜から聞いたよ。ということは、甚十さんはこの中で唯一、敵の姿を知っていることになるね」

「なかなか気の強そうなお嬢さんだったよ」

「敵は女の子なの?」

「ああ」


 甚十が頷くと、礼がさらに訊ねる。


「攫った相手のこと、何かわかりますか?」

「敵の女の子が、医療法人の会長の娘か聞かれていたよ」


 甚十は彩弓が攫われた経緯を話した。

 

 彩弓とその敵の少女を連れ去ったのは、年齢も性別もさまざまな十人ほどの人間だった。


 怒気をはらんだ声で医療法人の会長の娘かと聞かれ、敵の少女は狼狽えていたことを——甚十は説明した。


 すると、健はしばらく考え込むと、ゆっくりと口を開く。


「関係あるかわからないけど……そういえば最近、医療法人の会長相手に、何かの訴訟団体が激しくデモを起こしているのをテレビで見たんだよね」

「その人たちに彩弓が攫われたってこと?」


 目を瞬かせる尚人に、れいが口を挟む。


「答えを出すには早計だな。身代金目的の誘拐犯という可能性もある」

「そうだね。でもどうやって彩弓を追跡しよう」


 健が唸る中、友梨香がひらめいた顔をする。


「それなら、スマホでわかるわよ」

「え?」

「実は彩弓ちゃんの制服にはGPSを仕込んであるの」

「なるほど、友梨香さんが落ち着いているのは、そのためですか」

「あの子ったら、昔から事件に巻き込まれる体質だから」

「昔って——前世の話ですか? そういえば友梨香さんの正体を聞いてませんでしたね。いったいあなたは何者なんですか?」


 健が好戦的な目で訊ねると、友梨香は穏やかな笑顔で告げる。


「ああ、私? 私は昔、騎士団長の屋敷で侍女長をしていたの。だから、あの子のことは良く知っているわ」


 友梨香の意外な言葉に、ひかるが思い出したように口を開く。


「ああ、世話焼きの侍女長さん……覚えてますよ」

「そうですか。あの侍女長さんがついていれば、心強いです。団長をよく黙らせてた人ですよね」


 健が思い出してふっと笑う中、伊利亜が淡々と訊ねる。


「それで現在のあいつの位置はわかりますか?」

「もちろんよ。北に向かっているみたい……海がある方角に」

「……まさか」


 海、と聞いて騎士たちは青ざめる。


「すぐに追いかけよう!」


 健が慌てて踵を返すと、そんな健の肩を甚十じんとが掴む。


「車を持ってくるから、少しだけ待ってくれないか。……それと、誰か霧生きりうに連絡してくれ」

「どうして霧生きりう先輩に?」


 健が振り返ると、甚十は説明する。


「医療法人の会長相手に訴訟を起こしてる中に、霧生きりうもいるんだ。もしかしたら、何か知っているかもしれない」

「わかった。霧生きりう先輩には僕から連絡するよ」


 そう言って、健はスマホを手に取った。






 ***






「なに、あいつが攫われた……だと?」


 霧生は地元の総合病院の前でポカンと口を開ける。


 予想もしていなかったことに、動揺と呆れの色が浮かんでいた。


『そうなんだ。だから、少しでも情報が欲しくて』


 スマホから響く健の声は焦っているようで——本気度がうかがえた。

 

「情報?」

『攫われたのは、彩弓と医療法人の会長の娘らしい』

「医療法人の会長の娘……あいつか!?」

『知ってるの?』

「ああ、団長を襲うよう、俺に指示してきたやつだ」

『霧生先輩、いつ彩弓を襲ったの!?』

「詳しい話はあとだ。それより、団長たちを攫った相手だが……心当たりがあるかもしれない」

『それは、保険金詐欺事件の訴訟団体が絡んでるってこと?』

「よく知っているな。そうだ……中には結果を急ぐ人間もいるからな。馬鹿なやつらだ……事件を事件で解決しても、良いことなんて一つもないというのに」

『とりあえず、彩弓の居場所はGPSでわかるから、このポイントに霧生きりう先輩も向かってほしい』

「……ああ、これは……海か? ここから近いな」

霧生きりう先輩、一人で乗り込んだらダメですよ! ちゃんと僕たちの到着を待ってくださいね』

「……わかった」









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