第23話 団長のいない騎士団



 何日ぶりだろうか。


 放課後に音楽室を覗いてみると、たける尚人なおと伊利亜いりあがそこにいて。思わず笑顔になった私——彩弓あみは、ドアを大きくスライドさせた。


「よう、みんな。今日は久しぶりに三人の顔が見れて嬉しいぞ」


 そう言って私が姿を見せると、尚人が落ち着いた声で出迎えてくれた。


「やっぱり甚十じんとさんに譲るのは嫌だから、彩弓に会いに来たよ」

「……その甚十のことなんだが」


 私が甚十の現状をどう伝えるか悩んでいると、ただごとではない空気を察したのだろう。健が真剣な顔で訊ねてくる。


「甚十さんがどうかしたの?」

「実は甚十は……その、怪我をして、入院中だ」

「え、なに? 彩弓が頭突きしたの?」

「私はそこまで鬼じゃない。お前たちに頭突きする時はちゃんと手加減しているぞ」

「いつものアレで本気じゃないって……本気の頭突きだったらどうなるの?」

「私の頭突きのことはいいんだ。それよりも甚十の話だ。あいつ、私のかわりに銃弾を受けたんだ」

「じゅ、銃弾!?」

「そうだ。私を狙う何者かが、本気を出し始めたようだ」

「それで、甚十さんは大丈夫なの?」

「ああ。運よく軽傷で済んだ。だがどこから攻めてくるかわからない以上、私もぼやぼやするわけにはいかない」


 私が応戦する意思を伝えると、尚人が冷静に告げる。


「これはもう、警察に届けたほうがいいんじゃない?」


 だが私はかぶりを振った。


「それは難しいかもしれない」

「どうして?」

「甚十いわく、銃弾を受けたというのに、警察の対応はそっけないものだったようだ。警察はあまりあてにならないかもしれない」


 私が甚十の言葉をそのまま口にすると、健は考えるそぶりを見せる。


「なにそれ怖いね。彩弓はいったいどんな恐ろしい組織に狙われてるんだろ」

「何に狙われているのかはわからない……だがこれ以上お前たちを巻き込むわけにはいかない」

「彩弓、どういうこと?」


 尚人が怪訝な顔をする中、私は覚悟を決めて告げる。


「だから私は本日をもって、騎士団の集まりから抜けることにする。……私がいなくなれば、きっとお前たちがこれ以上被害を受けることもないだろう」


 そんな風に私が考えを伝えると、健は大袈裟に仰け反る。

 

「ええ!? 彩弓一人でどうするつもり?」

「何もしない」


 堂々と宣言する私だが、尚人は少し怒った顔をしていた。


「それで何かあったらどうするの?」

「だから私はしばらく家にこもることにしたんだ」


 そうだ。私が狙われているのなら、外に出なければいいんだ。


 そんなわかりやすい私の作戦を聞いて、健が唸りながら告げる。


「自宅が安全ってわけじゃないけど、外よりは確かにマシかもしれないね」

「ああ、自宅では一度も襲われたことがないからな。この先もそうとは限らないが、外で他の人間を巻き込みたくないんだ」


 いつまでも騎士に重荷を強いることも、関係のない人間を巻き込むことも、私には我慢ならないのだ。

 

 だからこの先しばらく誰とも会わない旨を告げるもの——尚人は複雑そうな顔をしていた。

 

「……じゃあさ、彩弓に会いに行ってもいい?」

「ダメだ。誰もうちに来るんじゃない」

「いつまでこもるつもり?」

「それもわからない。相手が諦めてくれればいいんだが……」


 漠然とした考えだが、留年にならない範囲でギリギリまで粘ってみようと思っていた。


 姉が何やら手を回してくれるとは言っていたが——どの程度休めるかはわからなかった。


「そうか。わかった」

「ちょっと伊利亜!? 何を納得してるの?」


 私の話を素直に受け入れた伊利亜に、健はぎょっとした顔を向ける。 


 ——おお! 伊利亜ならわかってくれると思っていた。


 すると、尚人も渋々ながらも、頷いてみせた。


「俺も不本意だけど……彩弓は家にいるほうが安心するよ」

「ええ!? 尚人まで……」


 目を瞬かせる健をよそに、私は騎士たちも納得したものとしてまとめた。


「そういうわけで頼む。ちなみに今日は姉が車で迎えに来るから、私はそろそろ帰ることにする」

「そうか。車だからって油断するなよ?」


 伊利亜の助言に、私はニヤリと笑う。


「もちろんだ。――じゃあな」






 ***






「ちょっと! 彩弓だけを危険にさらしていいわけ?」


 彩弓が音楽室を出たあと、一人だけ納得をしていない健がわめいていた。


 すると、さっきまで彩弓に賛同していた尚人が不敵に笑いながら告げる。


「だから今から作戦会議をするんでしょ?」

「作戦会議?」

「でしょ? 伊利亜」

「別に、尚人……先輩たちを巻き込むつもりはない」

 

 伊利亜の意味深な言葉に、何かを感じた健は顔つきを真面目なものに変える。


「何か知ってるって顔してるよね。だから彩弓の話も黙って聞いてたんでしょ? 何を知ってるの?」

「俺も甚十さんが撃たれた現場に偶然居合わせただけだ」

「へぇ……で、何を知ってるの?」

「……いや、俺は何も知らない」


 などと言いながら、伊利亜はスマートフォンに入力を始める。


『盗聴の可能性も考えて、ここからは筆談グループチャットで頼む』


 伊利亜の言葉に、健も頷きながらスマートフォンを手に取る。


『わかった。それで、何があったの?』

『俺も詳しく知っているわけではないが、甚十さんは闇サイトで敵に接近したみたいだ』

『闇サイトって、あの都市伝説の?』


 健が訊ねると、尚人が口を挟む。


『闇サイトって何?』

『黒い富裕層があらゆる依頼をするサイト……と聞いた』


 伊利亜が素早く入力すると、健も無表情を装って入力する。


『へぇ、面白そうだね』

『健……何か企んでる?』


 尚人が訊ねる。


 すると、健は少し考えた後、再び入力する。


『敵に接触するつもりはないけど……伊利亜、甚十さんが接触した相手の携帯番号とかってわかる?』

『ああ。甚十さんから預かってきた』

『じゃあ、今夜あたり……僕も動いてみるかな』


 健が不敵な笑みを浮かべるのを見て、尚人は慌てて書き加える。


『あまり危険なことはダメだよ。健だって狙われる可能性はあるんだから』

『大丈夫だよ。甚十さんみたいに直接会いに行ったりしないから』


 企むような顔をする健に、今度は伊利亜も入力する。


『何をするつもりだ?』

『ちょっと敵地を拝みに行くだけだよ。彩弓がいない間に、解決策を模索しなきゃね』


 健は可愛い顔で笑いながらも、その目は鋭さを帯びていた。






 ***






「おかしいな、このあたりなんだけど……」


 甚十がやりとりした敵の携帯番号から、相手の位置情報を導き出した健は、いざ敵地に来たもの、そこには工事中の建物しかなかった。


「こんなところに、敵の拠点があるわけないよね……」


 敵地を特定できなかったことに、健はがっかりして肩を落とすが……そんな時、ふいに見知らぬ女性が健の隣に立った。


 トレンチコートで身を包んだその女性は、健の方を向かずに喋り始める。


「初めまして、神明健じんみょう たけるさんですね」


 まるで全てを知っているとばかりに告げる女性に、健は表情を消した。


「……どなたですか?」

「ダメですよ、こんなことしちゃ」

「あなたはもしかして……彩弓を狙う人ですか?」


 ごくりと喉を鳴らすと、女性はカラカラと笑った。


「私は雇われた代理人です。あなたに警告するために来ました」

「警告?」

「もしも私どもに近づくことがあれば、その時は彩弓の命もあなたの命も保障しない。――と、主様はおっしゃっています」

「それはまた、わかりやすい警告ですね。わかりました、これ以上の深追いはしません」

「こちらは本気ですよ」 

「はいはい、僕も本気ですよ。彩弓に何かあればタダじゃおかないのはこちらも同じです。幾多の戦場をくぐり抜けてきた虹の騎士団を舐めないでくださいね」


 健がにっこり笑うと、女は顔をこわばらせて逃げていった。


「ああ、この感覚……久しぶりだな」






 ***






『それで、首尾はどうだった?』


 彩弓が騎士団を抜けると言った翌日。 


 音楽室にやってきた伊利亜は、一声も発することなく、スマートフォンに入力した。


 すると、健もグループチャットで昨夜あったことを報告する。


『何もなかった。おまけに、敵さんに警告された』


 その収穫のなさに、尚人はがっかりした様子で入力する。


『さんざんな結果だね。健らしくもない』

『全くだよ。いっそ闇サイトの運営元をハッキングして敵の情報をもらっちゃおうかな』

 

 健が不穏なことを入力する中、伊利亜が素早く告げる。


『それはすでに頼んである。だから、健先輩はこれ以上危険なことはするなよ』


 その言葉に、健だけでなく尚人も目を丸くする。


『すでに頼んであるって……誰に頼んだの?』

『さあな』


 はぐらかす伊利亜に、健はふくれっ面を向ける。


『なんか伊利亜に負けたみたいでムカつく……』


 そんな風に筆談を続けていたその時——。


「あら皆さん、せっかく集まっているのに、スマホ画面ばかり見ているのね」


 音楽室のドアが開いたかと思えば、ルアが現れたのだった。


「え? あ、ルアちゃん? どうしてここに?」


 健の問いに、ルアは少し悲しげな顔をして告げる。


「今日は皆さんにお話があって、来たんです。――彩弓のことで」


 彩弓の名を聞いて、三人の間に沈黙が流れる。


 だが少しして、沈黙を破ったのは尚人だった。


「彩弓がどうしたの?」

「私、知ってるの……彩弓にはストーカーがいるのよね」


 そのルアの言葉を聞いて、三人はどういうことかと顔を見合わせる。


「ストーカー……ちょっと違うけど……そうだね。どうしてそんなことを知っているの?」


 今度は健が訊ねると、ルアは悲しげな顔のまま続ける。


「実は、何度か彩弓が襲われているところを目撃したの。だからきっと……今、彩弓が休学しているのは、そのせいじゃないかと思って」

「さすが彩弓の友達だね。心配してくれているんだね」


 健が感心したように言うと、ルアは辛そうな顔をしていた。


「ええ。彩弓がいなくて寂しいわ。だから、私にも何かお手伝いできることがあれば、言ってください」

「それは彩弓本人に言ってあげて。きっと喜ぶと思うから」


 ルアの申し出に、尚人が優しい顔で答える。


 だがルアはそれだけで引き下がる様子はなかった。


「でも、皆さん……彩弓のために集まっているんでしょう? ストーカー退治でもするの?」

「……ルアちゃんは勘がいいんだね。けど、君まで巻き込むわけにはいかないよ」

「私は助けてもらった恩返しがしたいの。だから話だけでも聞いてはいけないかしら?」


 遠巻きに拒否した健に、ルアは自分の考えを伝えた。その顔は真剣そのものだった。


 困惑した健は尚人に視線で合図を送る。


 すると尚人は、当たり障りのない言葉を選ぶ。


「話をするほど、何か出来てるわけでもないよ」

「だったら、これなんてどうかしら……?」

「何?」

「プロのボディーガードを彩弓につけるのはどうかしら?」


 ルアの提案はまっとうだったが、健は苦笑する。


「そこらへんのボディーガードより団長の方が強いと思うけど」

「え?」

「いい話だけど、彩弓がなんて言うかな……」


 健が言葉を濁す中、尚人は考えるそぶりを見せる。


「けど、威嚇にはなるかもしれないね」

「伊利亜さんはどう思うかしら?」

「好きにすればいい」

「……そうね。好きにさせてもらうわ」  


 伊利亜がちらりと見たルアは、他の二人が見るルアとは違い、何かただならぬ雰囲気をかもしていた。





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