第17話 動揺



 あの後、どうやって逃げたのか。

 気がつけば、屋敷を飛び出て走っていた。


 息が切れるが、足が止まらない。

 キスをされた感触が、まだ残っている。

 慣れた演技をしたけど、俺は百戦錬磨じゃない。あんなキスだって初めてだ。


 どうして従成が俺にキスをしたのか。

 いや、挑発した俺が悪い。嫌われているから、手出ししてこないと考えるべきじゃなかった。


 好かれていない相手からのキスが、こんなにも気持ち悪くて虚しくなるものとは。

 嫌がらせをするつもりが、逆にやり返された。


 じわじわと実感が湧いてきて、俺の目尻に涙が浮かぶ。


「……うっ」


 しゃがんで呻いていると、人が近づいてくる気配がする。

 従成だとしたら、今は取り繕う余裕が無い。

 縮こまるが、障害物も無いから隠れられない。


 頼むから、今は気を遣ってどこかに行ってくれ。

 うつむいたまま顔を上げずにいれば、気配がさらに近づいた。


「……ご主人様?」


 ポチが帰ってきたのか。

 従成よりも駄目だ。泣いているところを見せたら、ご主人様としての威厳が無くなってしまう。


 そう思うのに涙が止まらないでいると、温かいものに包まれた。


「ご主人様、泣かないで。悲しいことがあるなら俺が全部無くす。ご主人様の傍にいるっていったでしょ」


 ポチがいてくれて良かった。

 俺の全てを受け入れて、それでもなお傍にいてくれるポチ。

 涙を拭いながら、俺は顔をあげる。


「ポチはいい子だな」


 従成の感触を消したいという気持ちを、口にしなくても何故かポチは敏感に察した。

 近づく顔に、俺は抵抗することなく目を閉じた。


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