ラーメン屋に一緒に入ってくれる彼女は大事にしろ
園長
第1話
「ラーメン屋に一緒に入ってくれるような彼女は大事にしろよな」
そう言ってくれたのは誰だっただろうか。
酔っ払った父さんだったかもしれないし、バイト先の人だったかもしれない。
忘れてしまったけれど、その言葉だけはずっと今でも心の中に生き続けている。
眼の前でパキッと音がして美咲の持つ割り箸が上下に割れた。
「あー残念、今日は小吉だね。しかも水難の相あり」
その大事にすべき彼女は隣のカウンター席に座って残念そうな顔をした。
僕の顔をじっと見てくる美咲に「何やってんの?」と尋ねた。
「占いだよ。割り箸が上手に割れたら統計的に良いことがあるんだよね」
僕は運ばれてきたラーメンの麺を箸ですくって少し呆れながら「どこの統計だよ」と軽く突っ込んだ。
その途端、麺が箸から滑ってスープに落ち、思いのほか熱かったスープが麺に弾かれて手の甲にかかった。
「あちっ!」
ほらね、とでも言いそうな顔で「私の中の統計」と言ったあと、美咲は上品に両手を合わせてからラーメンを食べ始めた。
なんだかバカにされたようで面白くない。
美咲は大学2回生の時からなんとなく付き合っていた彼女だった。
こんな風に言うと誤解されるかもしれないから補足しておくと、別に沢山付き合っていた女の子のうちの1人だとかそういうわけじゃない。
美咲とは馬が合いすぎたのだ。
好きな映画とか、おかずの味とか、服装の好みとか、金銭感覚とか、似すぎなぐらい僕らは似ていた。
しかも、こんなことを言うと怒られるかもしれないけれど、美咲は容姿だって僕が緊張するほど綺麗でもなかったし、かといってかわいくないわけでは決してない、全てが丁度いい感じだった。
それは同じようなことを美咲も言っていた。
何度かお互いの下宿に泊まりもした。
恋愛感情だって別にゼロだったわけじゃない。
でも、恋人というよりかは気兼ねなく接することのできる兄と妹のような(美咲は姉と弟と言うだろうけど)関係が近かったのかもしれない。
なんとなく、当たり前のように側にいて、なんとなく一緒に遊んで、勉強して、バイトして。そんな毎日を過ごしていた。
だからきっと、お互いに距離が近すぎて、付き合っているという感覚が薄かったのだと思う。
でも、それでも僕は。いや、少なくとも僕は幸せだったのだ。
彼女とそんな日々を過ごせることが、好きだったし、ずっと続けば良いと思っていた。
だからある日、僕の下宿で一緒に並んでゲームをしていた美咲に「高校の時に付き合ってた人からさ、なんか連絡きたんだよね、昨日」と言われた時も「ふーん」としか返せなかった。
「よりを戻したいんだって」
「え……あっ」
動揺した僕のキャラクターがやられてリスポーン地点に戻される。
「ねぇ陸、私達、別れよっか」
「え、なんで?」
僕のキャラはリスポーン地点から1歩も動けない。
「だって陸、私のことあんま大事にしてくれないじゃん」
「そんなこと、ないだろ」
「あるよ」
僕は美咲を見た。
その顔は今までに見たことのない真剣な表情だった。
「あるんだよ。そんなこと」
いきなり別れ話を切り出され、僕の頭の中はマグロに狙われたイワシの群れみたいに混乱していて何も言い返すことができなかった。
「じゃあね」
美咲はそれだけ言うと僕のワンルームの下宿から出ていってしまった。
僕は催眠術をかけられたみたいに、しばらくソファの上で指一本動かせずにいた。
ゲームの音が遠くに聞こえる。
美咲は何て言って出ていったんだっけ。
どうして別れるなんて話になったんだっけ。
……どうして?
しばらく操作しなかったためか、モニターには”通信エラーが発生しました”と表示されていた。
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