この百合は幸せになれない。

心臓

かわいい幼馴染のかわいくない話。

1話

「ねぇ! 聞いてよ胡桃くるみ!」


 元気な声で言うのは幼馴染の一ノ瀬いちのせ 美波みなみだった。


「どうしたの?」

「あたし、好きな人できたの!」


 ドクン、と大きく心臓が跳ねる。心臓を直に触られているような、そんな感じがする。気持ち悪い。

 私は一度深呼吸をして気持ちを整える。


「へぇ〜、どんな人?」

「えっとね〜……」


 もったいぶるような楽しそうな口調、そして少し紅潮した頬が今の私には辛かった。


「とっても優しくてね! 人助けをしているところをよく見るの!」


 私は「そうなんだ」と軽く返す。


 なんで、どうして。

 美波と過ごしてきた保育園からの15年間は一体何だったのだ。私の15年は星名とやらの数分に負けるのか、そう思うと心底腹がたった。


「かっこいいの?」


 そんなこと聞いてどうする。辛い。吐きそうだ。自分に嫌気が差す。


「とっても!」


 美波はこの世にこれ以上の幸せはないというような笑みで私を見てくる。


「笑顔が素敵でね! クシャってした顔がかわいくてね」


 やめてよ。


「へぇ〜、会ってみたいな」


 何が会ってみたいなだ。自分に嫌気が差す。美波には幸せになってほしい。これからも笑顔を絶やさないでほしい。

 そう、思っているはずなのに。


「うん!」


 さっさと告白でもして振られてしまえ。そう思ってしまう。

 でも、それではダメなのだ。美波はかわいいから、きっとふられるなんてことは起こらない。


「そうそう、だからね! 胡桃に協力してほしいの!」


 思い出したように美波が言った。


「協力……?」

「えっとね!」


 言われなくたってわかる。美波の好きな人と仲良くするために協力してほしい、そう言いたいのだろう。


 いやだ、と私は思う。それを口にしないでくれと。でもどれだけそれを願ったところで叶わないのだ。時間は止まったりしない。


「星名くんと仲良くなるために協力してほしいの!」


 星名、そう言うのか。


「うん、いいよ」


 断ることなんてできなかった。だって、あまりにも南の笑顔が眩しくて、かわいいから。

 きっと、私のコミュニケーション能力を信用していってくれているんだとわかるから。


 そうでなくても、美波を否定することなんてできないのに。

 上手く笑えてるかな。いつもと変わらない声で、表情で、態度でいられているのかな。


「ありがとっ!」


 その言葉から意識をそらしたくて下を向くとポテトがなくなったことに気づく。


「そろそろ帰ろうか」


 早くこの場を去ってしまいたい。今日はもう美波と顔を合わせたくない。



 マックを出て帰路につくと、外は少し暗かった。気持ちが暗いせいだろうか、いつもよりも寒く感じられる。


「ねぇ、明日って予定ある?」

「ないけど……」

「じゃあさ、ショッピングモール行かない?」


 断ることなんてできるわけがなかった。


 だって、大好きな美波とお出かけできるのだ。いくら美波に好きな人ができて、その人にだけ向ける笑顔があっても、それが行かない理由にはならない。


「いいよ」と言うと、その言葉に安堵したのだろうか。美波がほっとしたような顔をした。


 美波に好きと言えたら、それを受け入れてくれるだろうか。そんな事を考えても仕方がないだろう。

 だって、美波は普通の人なのだ。私とは違う。同性を好きになったりなんてしない。


 どうやら私は普通じゃないらしかった。


 それを知ったのは小学校6年生の修学旅行で、当時の私はかなりのショックを受けていたのを覚えている。




「ねえねえ、胡桃ちゃんは好きな人いるの?」

「えっとね〜、美波!」


 私は自信満々で答えた。


「え〜?」


 どうやら、この答えに不満があるらしい同じ班の子たちは私の目をじっと見つめてきた。


「友達の好きじゃなくてだよ」


 そのつもりで言ったんだけど、伝わってなかったのかな?


「まぁいいや、夕梨ゆうりちゃんは?」

「私はね、貴也たかやくん!」

「私は裕也ゆうやくん!」

「私は涼介くん」


 みんなの回答に「いいね〜」とまとめている女の子が首を振る。


 そうか、私って変なんだ。




 そう気づいてからは、自分を騙すことを覚えた。好きな人を聞かれればそこらのモテる男子の名を言ったし、そういうフリをしてきた。


 普通は楽しいものを楽しいと感じることのできない私は、美波と遊ぶときだけ唯一楽しさを感じることができる。


 そういう意味でも私は普通じゃないのだろう。


 そもそも、普通ってなんなんだろう。普通は時代によって変わってきたはずだ。

 今の時代はかわいいと言われるような人が江戸時代に行ったら同じようにかわいいと言われるだろうか。


 私だって、時代が違えば普通になれたのかもしれない。

 ……いや、それはないか。

 やめよう、こんな考え方。不幸を生むだけだ。


「そういえばさ」


 しばらく無言で歩いていたが、思い出したように美波が言った。


「胡桃はいないの? 気になる人とか」

「今はいないかな」


 これが正解なんだと思う。誰も不幸にしない。私が中学校3年間かけて行き着いた答えだ。

 傷つけるのは自分だけ。適当にモテる男子の名を上げるとそれが本人に伝わることがあったのだ。


「今は、ね」


 少し寂しそうな顔をしている美波に胸が痛む。


 美波はぎゅっと目を閉じてから開くと大きくあくびをして、手を口元に当てながら言う。


「胡桃にも恋愛楽しんでほしいな〜」


「……そうだね」


 今はまだ、この関係のままでいたいと、そう思う。

 いつか「美波が好き」と、そう言える日が来るのかな。


 まぁ……無理だよね。



 そうこうしているうちに美波の家の前に来た。


「また明日ね!」


 元気な声でそう言った美波の笑顔は私には眩しすぎるくらいの笑顔で、とてもきれいだなと思う。


「うん。また明日ね」


 ドアが閉まるのを待ってから私は反対を向く。


 美波の家の向かいに私の家はある。小学校に上がってきたときに私がこっちに転校してきたのだ。転校してきたばかりの私と仲良くしてくれたのが向かいの家に住んでいた美波だった。


 家に入り、玄関を開けてただいまと一言だけ言うと私は自室に戻って枕に顔を埋めた。



 ふと、いつから美波のことが好きだったんだろうなと思った。

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