ラスボス育成観察録

不破焙

第壱號 黄昏の残狂

壱頁目 魔物の仔

 

 魔王が死んだ。


 およそ人とは比べ物にもならない寿命と、

 それに裏付けされた強大な魔力を有していたのに、

 人類の技術がそれを超越する時代がやって来た。



「クハハ! 見事だ勇者よ!

 互いに次の一撃を以て幕引きにしようかァッ!!」


「魔王よ! 私は負けません!

 人類が紡いできた全てを今、この技に込めるッ!!」



 魔王を撃ち墜としたのは若き人間の勇者だった。

 彼は仲間との絆、決して折れない勇気、

 そして人類が培ってきた技術の全てを注ぎ込んで

 魔王撃破の大偉業を成し遂げた。


 人類は魔物に勝利したのだ。


 魔物に奪われた領土は次々と奪還され、

 人類の生存圏は瞬く間に拡大されていく。

 そして魔王を倒すために開発された

 魔法や技術の多くは民間にも流れていき、

 人々の生活をより豊かな物へと変えていった。


 そして魔王が滅んでから、早六年――



 〜〜魔導大国セグルア〜〜


 深い霧に覆われた冷たい夜。

 石レンガの路上に人の気配は無く、

 魔法の青い街灯のみが妖しく光っている。


 戦前より栄えていた人類文化圏の一つ。

 勇者の戦いを支えた兵器『魔導機構マシナキア』の開発国。

 それが此処、魔導大国セグルアだ。


 戦時中の功績が凄まじいこの国は現在、

 他の国々とは比較にならないほどの急成長を遂げていた。

 今では人類工業の中心と呼べるほどの大都市で、

 その名を知らない者を探す方が困難だろう。


 だがその急成長の陰にはやはり、

 進化に追いつけず篩い落とされてしまった

 弱者の姿も確かにあった。



「そこの君。止まりなさい」


「あ゛? ……あぁ、憲兵様。私でしょうか?」


「貴女以外に誰か居ますか、婦人マダム

 あとなんか今物凄く威圧してきませんでしたか?」


「あぁ……! 申し訳御座いません憲兵様!

 なにぶん私は目と耳と鼻と口が悪いものでして……」


「ボロボロじゃないですか。あと口の悪さは貴女次第です」



 白い軍服の憲兵に呼び止められたのは、

 機械の台車を重そうに運ぶ薄着の女だった。

 傷んだベージュの長髪を束ねること無く靡かせる、

 どこか病的な目をした細身の女性だった。


 憲兵はそんな女の姿を

 疑念を隠さない瞳でじっくり観察すると、

 途端に口を鋭く尖らせ、声色を変えた。



「ご職業は?」


「機械技師です。……見習いですが」


「台車を検めても?」


「……どうぞ」



 霧の中に妙な緊迫感を染みこませながら、

 二人は互いに軽めの警戒心を向けつつ交差する。

 そして女に背を向けた状態で、

 憲兵は台車の上に被っていた布を剥いだ。


 中にあったのは廃棄された機械類。

 歯車や主要部の無い解体済みの魔導機構マシナキアなど、

 大量の残骸が山のように積まれていた。


 憲兵は魔力を宿した手を添えながら

 しばらく中の様子を観察すると

 どこか落胆したように溜め息を漏らす。



「用途は?」


「使える部品を工房に持ち帰ります」


「言葉は通じてますか? 用途は?」


「ああっはい! 時計や魔杖の材料に……」


再利用リサイクルですか。……まあ良いでしょう」



 そう言うと憲兵は『検閲済み』の紋章を刻む。

 そして剥いだ布を掛け直さずに歩き出し、

 すれ違い様に女の耳元に囁いた。



「近頃はまた物騒ですので、もほどほどに」



 請け負っている任務に進捗が無い故の八つ当たりか、

 或いは溢れかえった底辺職への純粋な嘲りか、

 とかく憲兵の声には強い侮蔑の念が込められていた。

 しかし女は激昂するどころか逆に深々と頭を下げると

 再び何事も無かったかのように重い台車を押し始める。



「物騒、か。ホントにその通りよね」



 女は憂うように呟いた。

 嘆くように、心を痛めるように呟いた。



「貧富の差はどんどん広まって、

 良い職に就かなきゃまるで人権も無いみたいで……

 毎日毎日、自殺者が後を絶たない。」



 彼女もこの現状を決して良しとは思っていなかった。

 だがしかし、それと同時に――



(まあでも、そっちの方が都合が良いのよね……)



 ――彼女は今の情勢を

 ある重罪を犯す自分にとって好都合であると。


 やがて彼女は台車を自宅の中に運んでいく。

 其処はとても家とは呼べない廃墟同然の空間で、

 荒れた室内には瓦礫と塵で溢れかえっていた。


 月明かり以外に光源も無いその空間に、

 やがて女は台車を担ぎ込み一息吐く。

 そして全ての廃品を白いシートの上に転がすと、

 彼女はとなっていた台車の蓋を開けた。


 中にあったのは黒く変色した血染めの鉈と、

 それの下敷きとなっていたとある生物の屍肉。

 手足の形状や服を纏うその外見から、

 肉の正体が『人間』である事は容易に察せられた。



「っ……ぅぁ……! ぁぁっ! ……ふぅぅぅぅ!」



 とてつもない臭気と吐き気に苦しみながらも、

 女は覚悟を決めて屍肉を床に放り出した。

 そしてあまりにも悪化した気分を落ち着かせるために、

 彼女は尻から座り込んで、天を仰ぎ、口を抑えた。

 そうして嗚咽を飲み込み呼吸を整えると、

 女は疲労に満ち満ちた眼を室内の暗がりに向ける。



よ。早くしなさい……」



 直後彼女の前に一人の子供が現れた。

 無表情な顔を覗かせたのは黒髪の少年だ。

 ボロ切れを繋ぎ合わせた貧相な服を身に纏う、

 深山幽谷の如き深緑の瞳を持つ男の子だった。


 だが彼が全身を晒した時、

 もしもこの場に部外者がいればきっと

 激しく驚愕していた事だろう。


 何故なら少年の背中には

 人ならざる黒い翼が生えていたからだ。


 そして腹を空かせた黒翼の少年は

 床に転がる人の死体を小さな手で掴むと、

 そのまま口に運んで食事を始めた。

 バリ、ボリ、ぐしゃり、パキリと、

 肉や骨を喰らう咀嚼音が暗い室内に響き渡る。



「ぅ……ぐっ……!」


「モルガナ? 大丈夫?」


「……今更何? 口、汚れてるわよ」



 そう言うとモルガナと呼ばれた女は、

 血で汚れた少年の口元へ乱雑に布を押し当てた。

 彼女は『魔物の仔』を育てていた。



「食事が済んだらさっさと寝なさい――ベリル。」


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