第4話

 下校のとき、哲也くんから聞いた話が面白かった。担任の先生がFXで大儲けしたあと、税金を払わなかったから脱税で捕まってしまい学校に来なくなって、代理の先生がその事情をとても遠回しに話して、最後に「税金には気を付けようね!」と言って教室は静まりかえったという話が面白かった。哲也くんの話は信用して良いのかは微妙だったが。

 ひとしきり皆で笑って、夕日が海に反射しているのを眺めたり、潮風の匂いを感じたりした。

 その後は団地で分かれて、ランドセルを家に置いた。母はまだ働いているので居なかった。

 階段を下りながら、今日の授業を思い出す。 

 4時間目の算数。三角形の面積を求める方法をグループで話し合って、実際に正しいか計算して発表するという内容。

「底辺かける高さ割る2」すでに知っていたが、誰がどんな流れで気付くのか気になったから言わなかった。

 哲也君の前の席、拓人君と3人組になって話し合った。

 拓人君は三角形を見て「なんとかなりそうなんやが」「うーん、難しい」とお手上げで僕に解けるか訊いてきた。しばらく考えたフリをして「分からないや」と答えた。哲也君はどうかと訊いてみた。

 すると、彼は三角形をしばらく見て「折ってみるか」と言って、教科書に描いてある三角形に点線を引いた、すると「これ切り取って重ねると四角形になるけど底辺かける高さでは無理か」ここまできたら分かりそうで安心した。

 拓人君が「切らんくてもいける?」と言って直角二等辺三角形の定規を取り出したので哲也君は察して、筆箱から同じ定規をを取り出した。彼の定規の表面はキリの様なもので細かく穴を付けてあって、何か書いてあった。「ね」と書いてある。意味が分からなかったが、良くみるとノートの隅っこに小さく、「ねねねねねねね」と乱れた字で、何かを訴えるように続いていた。拓人くんも気付いていただろうけど、指摘は無かった。だが、とても悲しそうな顔で哲也くんの定規を見ていた。

「底辺かける高さ割る2」になったと発表して、先生は各グループの話を楽しそうに聞いてから、最後に「この自由な発想力を大事にしてください」と締めてすぐにチャイムが鳴って授業が終わり、宿題はワーク30から31ページと言って教室から出ていった。

 「ね」のことが気になるから、漁港で合流したら訊いてみようかと考えながら、団地を後にした。



 その漁港には釣り人以外、誰も居なかった。片眼が潰れている真っ黒で痩せこけた野良猫がいたが、彼?彼女?は世界を恨む目をしながら乞食していた。釣り人から小アジをもらっている。

 周辺を散策した。氷を出していたであろう設備は崩れ落ちそうなほど錆びていて、強い風が当たるとキリキリと嫌な音を出した。

 漁港の入り口の反対側に行くと、大きな網が広がっていて、とても臭かった。海底の泥のようなものや、ゴミが付着していて、恐らく定置網だと考えた。

 哲也くんはどこだろうと、鼻をつまんで探した。すると、入り口側から足音がしてしばらくするとそれは止まり「相変わらず終わってんなお前」と、声が聞こえた。

 声が聞こえた方へ向かうと彼は片眼が潰れた黒猫の前に、小さなクッキー状のキャットフードを投げた。黒猫は喜んで、釣り人から離れて行った。キャットフードを食べ終えると哲也くんの足に体を擦り付けた。小さな声で鳴いている。

「お前汚いからあんま触れんなよ」そう言ってキャットフードを漁港の入り口側に投げて、黒猫を払った。

 釣り人は羨ましそうな顔をしていて「地元の子?」と声をかけたが、哲也くんは無視した。釣り人は舌打ちをして彼を睨んだ。

 哲也くんは気にもとめず定置網の側にいる僕を見つけて「それ臭いやろ、となり町の漁師がよく放置してくんやわほんましょーもない」そう言って、僕の方によってきた。

 なんで無視したのか訊こうと口を開こうとすると、「基地行こうや」

 遮られた。彼は右ポケットから銃を取り出した。東京マルイのデザートイーグル。釣り人に見られないように背を向けていた。後ろから光を受けて拳銃を傾けている彼は、陰気臭い神のようだった。

 日を受けている拳銃が眩しかったが目は反らさなかった。

 彼はそれをポケットに戻して、「こっちや、着いてき」そう言って歩き出した。

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無題 ケストドン @WANCHEN

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