徘徊じいさん

佐々井 サイジ

第1話

 車通りのなくなった道路を左右確認せずに横断するのは、ほんの小さな背徳感を味わえる。あとそこにスパイスを感じる材料は、今午前二時半だということだ。

 単位も順調に取ることができ無事に三年になって、丸一日授業の入っていない時間割を作れたのは最高だ。高校生まで親の干渉がひどくてがんじがらめになっていた俺としては午前二時半に外にいるだけで体内からウキウキする成分が血流に乗って暴れ出す。横断した先には人工的な白い光を放つコンビニがある。俺は明日、というより今日、丸一日授業のない深夜に目的もなくコンビニにいくことがすっかり日課になっていた。

 コンビニの店員はやる気のなさそうなヤツだ。髪を明るい茶色に染め、パーマか天パかわからないうねりで目元まで隠している。年齢は同じくらいに見える。きっと同じ大学だろうが、キャンパス内で見かけたことはない。たぶん向こうも俺と同じことを考えているのだろうが、俺と店員との間に生まれる言葉は「いらっしゃいませ」「〇〇円になります」「ありがとうございました」くらいしかない。俺は小さく頭を下げるくらいだ。たぶん一生このままの関係性だろう。店員と客に距離感が近くなる必要性はない。

 雑誌コーナーの前に立つ。いつしかコンビニが青年誌の販売を取りやめるというニュースを聞いたような気もするが、このコンビニはトイレ側の一番隅に横三冊、縦四冊の幅で青年誌のコーナーがある。とはいえ、どの雑誌も立ち読みできないようにテープで止められている。軽くテープに触れてみるが簡単に剥がれない代物だった。別に友達も多いわけではないし、店員とも仲良くないので、堂々と買って家で隠すこともなく読めばいいのだが、この背徳感だけは味わう勇気がなぜか持てない。

 雑誌コーナーの奥に映る外は真っ暗ななかに等間隔の街灯が道路を頼りなく照らしていた。道路の向こう側に腰の曲がった老人が街灯の下に立っているのが見えた。コンビニの時計は午前三時に迫ろうとしている。この時間に老人が外をうろつく理由と言えば徘徊としか考えられない。しかも外はまだ寒いにもかかわらず、じいさんは薄いパジャマしか来ていない。

 絶対徘徊だろ――

 あれは保護して交番に連れていくべき案件か。でも誰か親族が迎えに来るかもしれない。わざわざ俺がしゃしゃり出て助ける必要があるのだろうか。そんなことがニュースになってテレビやネットニュースに流れたら親の目に留まって「お前、こんな夜遅くまで外に出て何やってんだ」なんてグチグチ言われるに決まっている、とぐるぐる思考回路がつながるけど、要はあのじいさんに声をかける勇気がないことを実現性の低い未来予測でごまかしているだけだということは自覚している。

 道路の左奥からわずかに白く光った。すぐにその光はどんどん大きくなってくる。やっぱりじいさんの立つ方向へ車が向かっている。

 じいさん、そのままボーっとしてろよ――

 視線でじいさんを街灯に括りつけるイメージでじっと見つめた。しかしじいさんはぐらぐら揺れていそうな足で道路を横断し始めた。店員を見ると、店頭に並ぶタバコの品出しをしている。

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