終章 2

 三蔵法師とその一行が城を離れてゆきます。それでもまだ名残りを惜しむように、ハムレット新王たちは立ち尽くし、その背中が小さくなるまで見守っているのでした。

 すると、入れ違いとなるように、ノルウェーの軍隊が反対の方向から迫ってくるではありませんか。隊列を率いているのは馬に乗ったフォーティンブラスです。

「ハムレット殿!」

 と、声を掛けて近づいてきます。

「あのクローディアスという腹黒い偽の王、とうとう貴殿が打ち取ったそうだな」

「その通りだ」

「あ奴は見下げ果てた下種の極み、これまで何かにつけてノルウェー軍とこの私を悪者扱いにしていたのだ。それもこれも自らの悪事を隠すため、身勝手な噂を流し、王子の立場を悪くするよう仕向けていた」

「そういうことか、今となればみな腑に落ちる」

「あの人でなしは、ノルウェー王あてに手紙を寄越したものの、いかにも怪しい風体のニヤニヤ笑いの男、下品な二人組を使わしたのが運の尽き、ひっ捕らえて手紙を読んでみれば『貴殿の息子は謀反を企んでいる、今のうちに殺せ』と……」

「いつも同じ手口の罠をかけてばかり、悪知恵もまた尽きかけていたと見える」

「過ぎ去った嵐のことはもう話すまい、これからは共に手を取り合い、お互いに先の王の為した行いなど水に流そうではないか」

「もちろんのこと、これからもよろしく頼むぞ」


 続いて、イギリスからの使節も到着しました。

「ハムレット殿!」

「これはこれは、ご足労いただき痛み入る」

「いただきましたお手紙の通り、ローゼンとギルデンと称する二人組の不届き者、即刻の打ち首からの晒し首、首より下は豚の餌として処分いたしました」

「実にめでたい、祝砲を打ち放て」

 準備の整った祝砲が、景気よく何発も打たれ始めました。


 さらにもう一人、

「ハムレット殿! 皆さんお揃いで、申し訳ない」

 やって来たのは、馬に乗ったホレイショ―でした。

「先王の死の報を聞き、せめて戴冠式には間に合うものと考えて参るつもりでしたが、災難続きで……、ようやく本日の到着となりました」

 一同、驚きのあまり声も出ません。

 ようやくハムレットが訊きました。

「ホレイショー、君は戴冠式の前からずっと、この城にいたではないか?」

「そのようなはずはありません、実は……」

 躊躇いながらも、話し始めました。

「急いだために落馬し、恥ずかしながら片足を骨折したのです。宿屋で三日三晩寝こみ、どうしたことか、その間は光に包まれたように感じられ、頭からは考えや知識、記憶、感情がすっかり吸い取られた心地になりました。全身に金色の血が流れ始めたかのような、ふわふわとした気分で。

 その後もまた数日間、ずっと眠ってばかりおりました。心は魚となって海を泳ぎ、鳥となって空を羽ばたき、若葉として陽光を浴び、やがて枯葉となって、その枯葉へ吹き寄せる風となって……。ようやく目が覚めますと足はすっかり完治し、生まれ変わったような気分でございました」

 他の者も、口々に言います。

「いやいや、城の最上階で共に夜明けの一番鶏の声を聞いたはず」

「あの凍りつきそうな夜のこと……」

「誓いを忘れたのか?」

「あの決闘の時も、共に見守ったではないか!」

「それどころか、先ほどまで一緒にいた、あのホレイショーは?」

 ホレイショーも、その場の全員も、ただ顔を見合わすばかりです。まぼろしでも見ていたのでしょうか。

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