第三章 7

 ポローニアスの背後から、

「おい、てめえ! とうとう見つけたぞ!」

 誰かが叫びました。

「俺の名前を知ってるか?」

 声の主は孫悟空の僧服を羽織り、頭には金の輪を嵌めたハムレットでした。

 振り向くポローニアスに返事の間も与えず、

「斉天大聖、孫悟空様だ!」

 砲弾よりも強く、雷鳴よりも速く駆けて迫り、

「お喋りクソ禿げ野郎! おれさまの恋文を勝手に音読しやがって! 人の恋路を邪魔する奴の、末路はこうだ!」

 抜くが早いか短剣で胸を突き刺し、柄まで深く刺さったままの状態で、

「この程度で済むと思うなよ! 下劣なドブ鼠が!」

 野獣の声で吐き捨てると、仰向けに倒れているポローニアスの両ひざを自分の脇の下に挟むようにして、抱え上げました。

 そして、自らの体を軸として、ポローニアスの頭が外周になるように振り回し始めます。

 後世のいわゆるジャイアント・スイングを、二回転、三回転ときれいに決め、回る「ト」の字の状態から逆向きの円錐状となり、さらに勢いを増して回りつつ、五回転、六回転、膝から両足首へと握りを変えながら大きく弧を描いて七回転、八回転、

「オラオラオラオラーーー!」

 さらに速度を上げて九回転、十回転、完全に意識を失っているポローニアスの肥満体に思いっきり遠心力を利かせてやって、遠くへ放り投げました。ブーメランのように回転したチョビ髭の鼠は、石壁に叩きつけられて馬糞のようにへばりつき、一拍の間を置いてから剝がれると廊下の隅にベチョリ、と落ちました。

「ざまあ見ろ! てめえの愚息にも、この光景を見せてやりてえ!」

 返り血を浴びた顔で叫び続けます。

「エルシノア城に血の雨を降らしてやるぜ! 次はあの人殺しの腐れ外道を、微塵切りの刑に処す!」

 そう結論づけると、狂犬の速度で廊下を駆けてゆきました。


 柱の影から、この一部始終を目撃していた者がいます。

 ローゼンとギルデンです。

 目の前で起こった光景にすっかり顔色を失い、ローゼンは、

「どこかに報告した方が、いいのか……」

 と震えています。

 ギルデンは、

「これをそのまま報告すれば、誓いを破ることになるではないか?」

 と指摘しました。

「これでも誓いを破っては、いけないものなのか……」

「幸いなことに他に目撃者はいないようだし……」

 二人は顔を見合わせて、

「この惨状をありのまま誰かに告げたところで、おそらく……、信じてはもらえまい」

「とするなら……」

「黙っているしかないだろう」

「そうか、そうだな……、この城には、おかしなことが多すぎる」

「昼間のこともあるし、余計な口を挟むべきかどうか、よくよく考えてみなければ」

「その通りだ」

「今、この場ですら、誰かに見つかってはまずいぞ」

 二人は足早に、その場を去りました。

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