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「それじゃあお前ら、明日から後半戦が始まるベストカップルGPもよろしくな! おつカナ!」

「おつはる~!」


:おつカナ!

:今回の配信もめっちゃ面白かったぞー!おつかなー!

:おつカナー!!

:おつはるー!

:陽くんもおつかれさま~!


「──……ふぅ。配信終了っと」

「お疲れ。今日は随分と張り切ってたね」


 目の前で配信ソフトを終了させる悪友──カナタに労いの声をかける。未だ興奮醒めぬといった表情のカナタは、振り返りながらニッと笑みを浮かべる。


「そりゃあ久々のオフコラボだからな。にしても、めちゃくちゃ人来てたな」

「どう考えてもベストカップルGPの影響でしょ」

「んじゃ、企画は大成功ってわけだ」

「まだ終わってないけどね。反響だけ見れば確かに成功と言わざるを得ないか」


 今日はVtuberとしての「カナタ・ノミラーイ」と「陽」のオフコラボ配信の日だった。平日夜にもかかわらず、同時接続者数は常時3万越えという驚異的な数字だった。カナタの人気が凄まじいというのも勿論あるだろうが、それ以上にベストカップルGPを通して、認知度が高まっているのだろう。その影響というべきか、カナタの配信者としての熱も高まり、結果としていつも以上に盛り上がった配信だった。


 オフコラボとはいえ個人的にはただ隣の部屋に来ただけなので、あまり実感が湧かないというのが正直なところだ。部屋の間取りも左右逆転しているくらいで、殆ど自分の家と変わらない。そもそも食事の関係で頻繁に訪れているので、他人の家という気がしない。


「ご飯の準備済ませてるから、すぐ食べられるよ」

「まじ? じゃあすぐ食べようぜ。もう腹空きすぎて死にそうだわ」


 配信前に準備していた食事を皿に盛り、食卓に並べる。カナタは飲み物だったりを準備してくれている。マンションの隣の部屋に住んでいるとはいえ、やっていることは殆どシェアハウスと変わらないかもしれない。


 カナタとの出会いは高校だ。初めの頃からお互いに気が合い、気付けば十年近い付き合いになる。大学生の頃に突然Vtuberになろうと誘われ、今やここまで来てしまった。といっても活動歴自体はまだまだ一年半だが。それでも一方は企業勢としてVtuberの最前線をひた走り、一方は個人勢Vtuberとしてその背中を追いかけている。そう思えば、なかなかに感慨深い。


「相変わらず美味いな。姉ちゃんにも見習って欲しいくらいだ」

はるかさんにはそれ以外の才能があるからね。料理が出来ることなんかより、よっぽど立派だよ」

「そうか? 俺からしたら料理スキル高い方が有難い気もするけどねぇ」

「そりゃあカナタの場合は日々の生活に影響してるからね」

「いやほんと助かる。陽が隣に住んでくれなきゃ、そもそも一人暮らしを許可されてなかっただろうし」

「カナタは生活力皆無だからね。放っておいたらゴミ屋敷になっちゃうし」

「いやまじで陽みたいな女と結婚するわ、俺」

「女いうな」


 おかずの唐揚げを口いっぱいに頬張りながら満足げなカナタ。それは日頃配信で見ているカナタ・ノミラーイのキャラにまさしく一致している。とはいえ喋るときは全部飲み込んでから話すべきだろうけども。


「そういえば佐々木さんから愚痴の連絡が来たよ。カナタが3Dしてくれない~って」

「んぁ? 3D?」


 Vtuberは基本的に立ち絵と呼ばれているイラストをWebカメラを通して表情や動きを読み取り、それを二次元的に再現している。しかし、ごく限られたVtuberにのみ許された手法がもう一つある。それが「3D」だ。本来「2D」でしか動けないVtuberを、特殊な技術を用いることで三次元的に表現しようというのである。


 それだけなら大いに魅力的に聞こえるかもしれないが、3Dには切っても切れない大きなデメリットが存在する。まず第一に技術力。専門の技術者がいなければ到底実現することは出来ない。そして次に費用。技術者を雇う費用、必要な機材のための費用、場所の確保。必要経費を挙げたらキリがない。それらの理由からして、3Dで配信を行うことは非常に難易度が高いことが分かるだろう。現実問題として、企業の手助け無しに3D配信を行うことはほぼ不可能に等しい。


 そして、それだけの高い壁を乗り越えて初めて実現できるからこそ、「3D」というのはVtuberにとって大変栄誉あることなのである。実際、企業勢の中でも3Dになることを目標に掲げて活動を行っている者は決して少なくない。


 それを、目の前で唐揚げを頬張るこの男は「やらない」と一蹴しているのである。


 ぜろいちにでは既に、何人かのVtuberが3D配信済みである。ベストカップルGPの参加者の中では召巻イナムさん、藤野紫咲さんがその例だ。つまり、ぜろいちにでは3Dのための技術力が確立され、それを実現するためのリソースも確保できているわけだ。


 現に「カナタ・ノミラーイ」の3Dについては、多くのリスナーが期待している。人気も実績も十分すぎるほどにある。事務所の技術力的にも出来ないわけではない。それなのに一向に3D化の気配が見えないカナタに、「カナタは事務所に嫌われているのでは?」などという意見もちらほら見え始めている始末である。


 そんな状況に、ぜろいちにも頭を抱えている。特にカナタのマネージャーである佐々木さんは、親交の深い自分にどうにか説得できないだろうかと何度も依頼してきている。佐々木さんには個人的にもお世話になっているから力になってあげたいし、自分としても悪友の晴れ舞台を見られるのであれば喜んで協力したい気持ちはあるが。


「3Dをやるつもりはねえよ。少なくとも、今は」

「そっか」


 真っ直ぐ目を見て言われれば、それ以上は食い下がれない。こちらに矛先が向いても困る。佐々木さんには申し訳ないが、後で「やっぱり厳しそうでした」と連絡しておこう。心労で痩せたりしないか心配だ。


「そういえば忘れる前に渡しとくわ。はい、これ」

「何これ?」

「姉ちゃんから。新衣装のデザインだって。データは後で送るってさ」

「ええ!? そんな大事なものもっと早く見せてよ」


 そこには見慣れた「陽」の見慣れぬ衣装姿があった。思わず柄にもなく高揚してしまう。今くらいはカナタが自分の分の唐揚げに手を伸ばしていても許してやろうという気になる。


「毎回思うけど、クオリティ高すぎない?」

「それだけが取り柄だからな。まあ、俺の時より差分が多いのは納得いかんけど」

「魅力的な人だと思うけどね、遥さん。……ってうわ、ほんとだ。めちゃくちゃ一杯差分あるんだけど」


 カナタの姉──遥さんは、イラストレーターである。そして、「陽」と「カナタ」を生み出してくれた母的存在ママでもある。本来であれば個人勢である自分がお願いできるような相手ではないのだが、そこは人脈に感謝というべきか。


「今度改めて遥さんにはお礼しておくよ。何か欲しいものとかあるかな?」

「お前からなら何でも喜ぶだろ。まあ今度話す時にでも聞いとくわ」

「よろしく」

「……それはそうと調子はどうよ、ベストカップルGP」


 この素晴らしい新衣装をどのタイミングで発表しようかと悩んでいると、カナタが唐揚げを口に運びながら思い出したように言う。あと、その唐揚げは僕のだよ。


「うーん、ぼちぼちってところかなぁ。るなさんも積極的に絡んできてくれるようになってるし、悪くはないと思うんだけど」

「良いとも言えない、って感じか」

「まあ、そんな感じ」


 カナタは「そっかぁ」とだけ呟き、それ以上は追及してこない。カナタなりに疑問は解消されたということだろう。


「逆に聞きたいんだけど、今回のベストカップルGPってどういう人選なの?」

「ん? あー、俺としてはとりあえずお前と一緒に何かしたかったっていう理由が一つ。後はタイプが違いそうな面々を適当に集めたって感じだな」

組み合わせが限定・・・・・・・・されるような人選・・・・・・・・ではない、ってことでいい?」

「…………さあ」


 少しの間の後、カナタは肩を竦めながら答えた。何とも分かりやすい男である。本人もその自覚があるのだろう。諦めたように息を吐く。


「あくまで仮定の話として。もしベストカップルGPにお前が参加してなかったら、メンバーは違ってただろうな」

「……まったく、過大評価しすぎだよ」

「そんなつもりは無いんだけどな。どうにか出来そうか?」


 本当にこの男は、軽く言ってくれる。荷が重いと言えたら一体どれだけ楽だっただろうか。

 だけど、それは言わないのが約束だ。なぜなら。




「どうにかするのが、だから」



012を語るスレ ×××ちゃんねる目


312 名無しのリスナー ID:XxxXxxxx

うおおおおお明日からベストカップルGPの後半戦だー!!


313 名無しのリスナー ID:xxXXxxxx

この一週間まじで待ち遠しかったわ……


314 名無しのリスナー ID:xxxxxXxX

好きだけど、あえて距離を置くことで気を引いてるんかな


315 名無しのリスナー ID:XxXxXxxx

>314

何言ってんだお前


316 名無しのリスナー ID:xxXxxxXx

といっても、この一週間も結構色々あったけどな


317 名無しのリスナー ID:xXxXxxxx

ベストカップルGPの男子組コラボ面白かったわ


318 名無しのリスナー ID:XxXxxxxx

それぞれの組み合わせの苦悩が滲み出てたなw


319 名無しのリスナー ID:xxxxXxXx

カナタがイナムの悪口言いまくってたの面白かったw


320 名無しのリスナー ID:xxXxXxxx

なお、イナムにバレた模様


321 名無しのリスナー ID:XxxxXxxx

カナタ「お前それはルール違反だろうが!」

イナム「知るか4ねえええええ!!」


322 名無しのリスナー ID:XxxXxxxx


323 名無しのリスナー ID:xxXxXxxx

あそこはずっと楽しそうやな


324 名無しのリスナー ID:XxXxXxxx

陽が一番忙しそうやったわ


325 名無しのリスナー ID:xXXxxxxx

>324

あいつはコラボの予定詰め込みすぎ


326 名無しのリスナー ID:XxXxxxxx

1週間でコラボ12件っておかしいだろ

1日1回以上やってるんだが?


327 名無しのリスナー ID:xxxxXxXx

陽とむいちゃんのコラボApeniteは面白かったな

まさかタイマンだとは思わんかったけど


328 名無しのリスナー ID:XxXxxxxx

ユニコーン君がめちゃくちゃ湧いてたあれね


329 名無しのリスナー ID:xXxXxxxx

でも実際、あの二人が相性良さそうなのは間違いない


330 名無しのリスナー ID:xxXxxxXx

コメント欄にるなちゃん居たの面白かったな


331 名無しのリスナー ID:xxXXxxxx

るなちゃん「これって浮気ですか?」


332 名無しのリスナー ID:xXXxxxxx

配信もめちゃくちゃ盛り上がってたなw


333 名無しのリスナー ID:XxXxXxxx

浮気といえば、ベリさんがリアルの奥さんに最近よく睨まれるって嘆いてたな


334 名無しのリスナー ID:xxxxxXxX

娘だから許してあげてww


335 名無しのリスナー ID:XxXxxxxx

明日からの後半戦ってどんなスケジュールなんだっけ?


336 名無しのリスナー ID:xxxxxxXX

>335

最初は普通に二人で配信。

最終日前日に全体コラボ

結果発表 みたいな流れだった気がする


337 名無しのリスナー ID:XxXxXxxx

みんなはどこが勝つと思う?


338 名無しのリスナー ID:XxxxXxxx

さすがにカナタイム


339 名無しのリスナー ID:xxXxXxxx

おねショタが勝つに決まってるだろ!


340 名無しのリスナー ID:XxxXxxxx

はるのゆめを個人的には応援してるけど、さすがにカナタイムには勝てなそう


341 名無しのリスナー ID:xXxXxxxx

あそこはさすがに強すぎるわ


342 名無しのリスナー ID:xxXXxxxx

>337

リスナー投票だけならカナタイム

同箱Vと012職員の票比率次第では、はるのゆめ


343 名無しのリスナー ID:XxxXxxxx

そういえば他Vとかの票もあるんか


344 名無しのリスナー ID:xXxXxxxx

リスナーの1票とは比率が違うやろうから、

その比率次第では他ペアが勝つ可能性もあると思う


345 名無しのリスナー ID:XxXxxxxx

るなちゃんが最近頑張ってるから応援したい気持ちがある


346 名無しのリスナー ID:xxxxxXxX

>345

確かにそれはある。

前半の時とは明らかに面構えが違う


347 名無しのリスナー ID:xxXxXxxx

>346

面構えやめてw

でも確かに企画に対しての姿勢が変わったなとは思うわ


348 名無しのリスナー ID:XxXxXxxx

恋人役になろうとしてるのが普通に可愛い


349 名無しのリスナー ID:XxxxXxxx

ユニコーンの角は何回もへし折られてるけどな


350 名無しのリスナー ID:xxXxXxxx

フィクションだって言ってるだろうに……


351 名無しのリスナー ID:xXXxxxxx

>350

フィクションでも許せねえものはあるんだよ!


352 名無しのリスナー ID:XxXxxxxx

駄馬くんもおります、と


353 名無しのリスナー ID:xxxxXxXx

はるのゆめがノンフィクション感あるのは今更だろ


354 名無しのリスナー ID:xxXxxxXx

それはそう


355 名無しのリスナー ID:XxXxXxxx

推しが楽しそうなら良いのよ


356 名無しのリスナー ID:xXxXxxxx

何はともあれ明日からの後半戦に期待やな!

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