多事故物件

武海 進

多事故物件

「本当に良いんですね。私も長いことこの仕事をやっていますが、こんなに酷い物件は見たことが無い。商売する者として言うべきでは無いですが絶対にやめた方がいい」


 運転しながら呆れ顔で諫めて来る不動産屋を僕は笑い飛ばす。


「別に幽霊が出たって構いやしませんよ。寧ろ出てこないと困る。じゃないとおまんまの食い上げだ」


 ホラーに特化したブログを初めて早数年、私は幽霊が出ると噂の廃墟や事故物件に禁足地と全国を飛び回ってネタを仕入れては記事にしてきた。


 幸い霊感はあるらしくそれなりの数、幽霊と遭遇した。


 お陰でブログは大ヒット。


 知名度が高まるにつれて書籍を出したりオカルト系の番組に出演したりといった仕事も増えて、財布の中身と承認欲求はうなぎのぼりに満たされた。


 だが、ここ最近はそうもいかなくなった。


 原因は実にシンプル。


 ネタ切れだ。


 幽霊が出ると噂の場所には粗方行ってしまい、国内ではもう行くところが無い。


 人と言うのは現金なもので、新ネタが無い私は直ぐに飽きられてすっかり落ち目となり、あっという間に収入が雀の涙になってしまった。


 そんな時、とある片田舎にとんでもない事故物件があるとネットの胡散臭い掲示板で見つけた私は一も二も無くその物件を特定して管理している不動産屋に連絡を取り、本当に幽霊が出るなら買ってもいいと言って今日は内見させて貰うことになった。


 あまり噂が広まると扱っている自分の会社の評判が落ちかねないので、誰にも来るのを言わない様にと釘を刺されたがそれは当然のことだろう。


 目的の家に到着した私は、不動産屋の案内で内見を始めた。


 まずは玄関で一人、強盗によって刺殺。


 次にリビングで二人、夫婦が自殺。


 寝室では独居老人が自然死。


 風呂場では酒に酔ったまま入った女性が溺死。


 冬場のトイレでは冷えた便座のせいで高血圧の中年男性が心臓麻痺。


 他にも住んでいたはずなのに失踪した者多数。


 家の内見というよりは事件巡りと言った感じだ。


「……色々と心霊スポットを回ってきましたが、一軒家でここまで死人が出ている場所は初めてですよ」


「でしょうな。だから言ったんですよ。私だって事故物件はいくつも扱ってきましたがここまで死人が出ている物件は初めてだ」


 苦笑いする不動産屋を余所に私は少し苛立っていた。


 何故なら肝心の幽霊が一向に出る気配が無いからだ。


 本物の心霊スポットならば姿が見えずとも気配くらいは感じるものだ。


 しかし、この家に入った時からほんの少しの気配も感じない。


 このまま苛立っていても仕方が無いと少し気分を落ち着けようと窓を開けて庭を見る。


 庭には大きな桜の木が咲き狂っていた。


「見事な桜ですね」


「ええ、あの下には事件になっていないのが五人眠っていますから」


 それがこの世で聞いた最後の言葉だった。

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多事故物件 武海 進 @shin_takeumi

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