覚者の海馬

冨澤寛太

第1話 『僕らの冒険』-夕日の丘-


813年10月ある日の夕暮れ時


「助けに来たぞリウィウス!」

「クズどもいい加減にしろ!」「死ね!」


そういって僕を助ける為に飛び込んでいった少年はアウグストという。アウグストは変わったやつで、関係の深い人の心を読むことができる。だから僕がいじめられているとわかるといつも飛び込んでくるのだった。


「待て、アウグスト!」「バカ野郎!5人に2人で勝てるわけないだろ!」

アウグストを追いかけてきた色黒の端正な顔立ちの少年はゴビンダだ。こいつは頭脳明晰かつ運動神経も高い。背も高く他のミドルの仲間たちにはない高貴さがある。


 僕はよくいじめられていた。だけど父親やじいちゃんが受けた差別よりかは遥かにマシだ。ということはよく分かっていたので、耐えることができた。そしてなによりアウグストとゴビンダ、こいつらがいたからこそ僕は一人じゃなかった。

 ゴビンダは喧嘩も強いので僕をいじめていたシーザーたちは諦めて、夕日と反対方向に行ってしまった。

「しかしリウィウスもよく耐えられるな。そんなことより遊ぼうぜ。みんな一緒に遊べるのはのこり一年ぐらいしかないしなぁ」


 ここバイセンのミドルは14歳で学校を卒業した後は親の襲職ジャーティの後を継ぐ準備をし、5,6年たったら後を継ぐのが習わしであった。親の後を継ぐ前でも普通に日暮れまで働くのが基本であり、僕たちは残り一年と数か月の期間最後の子供の期間を噛みしめながら遊ぶのだった。


 ゴビンダのやつが急に走りだしたと思ったらこっちを向いてこう言った

「おーい夕日の丘にいこうぜ、こんな晴れてるし。今日は綺麗な夕日が見えるだろう。そこまで競争だな」

「そうだね。ゴビンダ、賛成だ。」そう言って僕は走り始めた。

「おい。おい待てよ、お前ら俺は賛成してないぞ」

アウグストもそういいながらも走り始めた。

丘を駆け上がりながら徐々に夕日に照らされた黄金色の町が見えてくる。そして僕が一番に丘に着いた。


「やっぱり僕が長距離だと一番だね」

「やっぱりお前の持久力は凄いな。リウィウス。」

「ま、待ってくれ……二人とも……」

アウグストが息を切らして死にそうな顔をしながら登ってくる。

「綺麗だよアウグストほら早く!」

「はあ…へあ…はあ…」


 アウグストが登り切り、僕たちはバイセンの町を眺めた。

「こんなことができるのは今だけだよね。」

僕が言った。


「俺は何だろう。ずっとこのままがいいな。こんな無駄なことをずっと続けていたい。忙しい日々に追われて気が付いたらジジイになって死ぬだけみたいな大人に俺はなりたくない。」

とらしくないことをゴビンダが言うと


「俺もゴビンダのその言葉に共感するぜ。俺たちミドルはだいたい下のローたちを見下しながらもファーストのやつらには直接一言も話すこともできずに死んでいくんだぜ。結局何者になれない。人物百科の隅にも載らないようなそんな人生。みんなそんな生き方で本当にいいのかと最近思っちゃうな。」

とアウグストが僕が心の奥底で思っていたようなことを言った。


「まあこんなこと言っても仕事しないと家族を養えないし仕方ないよな。それ仕事にもやりがいとか仲間意識が生まれるし、そんなに辛くはないはずだろう。」

と急にゴビンダがらしいことを言うと


「そうだ、ゴビンダ、リウィウス。お前ら襲職ジャーティ先に行ったことあるか?俺今度オヤジの工場に行くんだ。初めてだから割と緊張する…」

「なんだよアウグスト。工場で可愛い女の子でも探すの?」

「そ、そんなじゃねえよ。俺初めて行くから緊張してんだよ」


僕のジョークにアウグストは少し照れながら声を荒げた。


――これは僕たちの冒険が始まる前のなんでもない一日、黄金色に輝く思い出の日である。





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