第62泳

 大都市リュウキューウで捕まった者たちは、裁判長と裁判官二人が同席する場で、自ら弁護することができる。

 法廷は円形の空間で、大きなハンモックがひとつぶら下げてある。言うまでもないが裁判長の椅子で、それは高い天井から吊るされている様はまるで空へ伸びているようだ。左右にはそれより小ぶりなハンモックが二つ下がっていて、そこが裁判官二名の席である。

 知らされていなかったが二階と三階席まであって、大都市リュウキューウでは傍聴までもが自由なのだった。この日は満席、乱暴者で泥棒の男の人魚が来るとあって満席で、立ち見を防ぐために人数制限の上、くじ引きで選ばれた者たちがひしめいている。


 グリンが胸をドキドキさせて入室すると、まず裁判長と裁判官二名の強い視線にぶちあたった。上から咳払いや気配がするので見上げてみると、なんとハンモックが無数に垂れ下がった傍聴席にぎっしりとお尻や体をねじこんで、大勢の目がグリンを追っている。

 彼らはみんな、口にサンゴのかけらをおしゃぶりのようにくわえて、法廷の沈黙を守っていた。その厳粛で異様な雰囲気に、グリンは縮み上がってしまった。


 裁判長のナンデモオコルは、浅黒い肌をした巨大な女の人魚だ。筋肉も脂肪もある大柄で、背丈は人間の世界の三階建てほどあるし、吊り上がったひし形の目、大作りの鼻に比べて唇は薄く、イトマキエイのようなツノまで生えている。そのおかげで迫力に困ることはないのに、さらに手指の短くて太い両手で紙とペンをいじっていて、今にも握りつぶしそうだ。

 明るい栗毛の髪がなんとなく生えていて、肩や腕の筋肉が盛り上がっていることといい、サメにかじられても平気そうな太い首、どこをとっても可憐さとは程遠い。


 同席の裁判官は、グリンから向かって左がデッドという。首から下が魚の人魚であり、つまり人面魚の部類であるが、それでも人魚の仲間である。手のあたりからヒレが伸びており、尾は優雅に大きく、やさしげにニコニコと笑みを浮かべている。青緑色の髪にはこだわりがあり、日本の女郎のようにかんざしまでさして、青白い顔には赤の塗料で目の縁が彩られている。

 デッドはつとめて柔らかい印象を持たせようと努力しているのだが、顔に施したメイクのせいでかえって不気味で、凹凸の少ない薄い顔をお化けのように演出してしまっている。


 もう片方の裁判官はアライブといい、大きいというか丸くでっぱっている目をぎょろつかせている。小さな鼻、突き出てとがった唇をしている。腰から下が魚だが、丸い下半身じゅうに尖ったトゲを畳んでいて、フグの人魚というわけだ。繊細な女の腕に不釣り合いな、太くて短い指の両手である。

 ペンと紙を二組持っていて、デッドにそのうちの一組を渡すところだった。


 デッドはヒレの手で受け取る前に、自分の青緑色の髪にちょんちょんと手をやって接着剤をつけた。ヒレの先に接着剤をつけて、ペンと紙を固定して使うためだった。


「それで?」

 裁判長のナンデモオコルは、言い訳をしに来た哀れな男の人魚を見下ろして言った。


 そのときのグリンの気持ちといったら、言葉にならない。

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