第60泳

 頑張ろう、頑張ろうとは思うし、リムのためにこの窮地をどうにかしなければならないとも考えるが、具体的な方法が何も出てこない自分の頭に驚いてしまい、心の内で狼狽するという有様だった。

 もちろんこんな状況に陥ったのははじめてで、グリンは誰からも、こんなに逃げ場のない話を聞いたことがない。グリンの体は運ばれるまま、ひたすら、言葉にならない猛烈な不安に耐えていた。


 発光するサンゴを明かりとして持った司法が先導に加わり、尾の垂れたグリンは腕を両側から押さえられ、牢まで導かれた。

 小さな網目の格子が開けられると、体を縮めて入る窮屈な空間に押し込められた。中で暴れて壊すといけないから、小さめの部屋として作られている。

 体のサイズ別に牢の大きさもまちまちだが、グリンはもちろん知る由もない。


とにかく、リムはこうして、牢の中にまで紛れ込むことができたのだった。


 黒い一枚岩で囲われた壁、天井に明かりはない。窓もないから、目を凝らしても真っ暗闇である。司法は明かりを持っているから問題ないが、囚人たちは暗い中で過ごしている。誰もが息を潜めているのか、何の音もしない。


 我に返ったグリンは、牢の出入り口の網目を触って左手の太い指をちょんと出すと、リムに言った。

「リム、リムだけでも逃げるんだ」


 確かにリムは格子をすり抜けることができるが、それは大都市リュウキューウで小魚が一匹、あてもなくさまようことになる。幸いにも、リムは逃げようとしなかった。

「そもそも、何が起きたの? ここは牢屋?」

 極めてぴったりな質問を投げかけ、その返事をもらったリムは安心して言った。


「そういうことなら、すぐ出られるんじゃないかなあ。大丈夫だよ、グリン」

 こそこそ声で、リムは元気付けるように返した。


「どうなるか分からないよ。死刑かもしれない」

 リムはその言葉に驚いて、叫んで反論しかけたところをうっとこらえて、やはり小さな声で言った。

「大丈夫だよ、グリン。そんなに心配しなくたっていい。もしそうなったら、グリンの左手で壁なんか壊しちゃって、逃げようよ。とにかく、グリンは悪いことなんかしてないんだ」

 リムは確信めいた声で続けた。

「おれ、裁判長にちゃんと説明するよ。グリンは勇敢に、おれを守ってくれただけじゃないか。分かってくれるはずだ。裁判長だもの」


 この大都市リュウキューウで、壁なんか壊して逃げたらまさに、どんな刑が待っているか分からない。グリンの腕を組むように捕まえていた人魚の力強さ、玄関の扉を開けた人魚たちが三叉槍に腰かけて、こちら見下ろしているあの表情、どれをとっても逃げることなどとても不可能だ。

 グリンはそれを感じながら、リムの言葉の底に、自分の不安がる気持ちをなだめようとする友人の心を読み取った。


「そうだね」

 ようやくグリンは言った。

「裁判長になんて説明するか、今からしっかり考えよう。分かってくれるはずだ。確かにそうだ」


 二人は暗闇の窮屈な牢の中、順を追って弁解できるよう、長い作戦会議をはじめた。


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