第25泳

 ドアをくぐると、ちゃりんと鳴った。内側に磨かれた貝の板が何枚かまとめてかけてあり、開閉すると揺れて音が出る、しゃれた作りだ。

 真珠のドアの向こうには、大きな広間があった。吹き抜けに天井が開いていて、少なくとも三階あり、屋根は透けているデザインなので、そこから聖堂のように光が注いでいる。

 広間の奥には高い壁があり、こちら側がバルコニーだ。グリンは、そのバルコニーに砂地の植木鉢がいくつかあるのを見て取った。


 上方のバルコニーに開け放されている窓は、縁が銀色に光っている。その銀の外側にも、つつましく真珠が並んでいる。玄関の造りほど目立ちはしないが、趣向が凝らされた家だった。


「こんにちは。有名人さんいますか」

 大胆にも、見知らぬ年上のグリンをつかまえてイモガイの加工までさせたユキが、うわずった声で肩を心持ちいからせている。


 炎のような濃いオレンジというか、赤い髪を頭の上で不思議にまとめた人魚が、バルコニーから顔をのぞかせ、嬉しそうにして言った。

「ユキちゃん! マリンさんいるよ。ちょっと待ってて、呼んでくるから」

「はい!」

 ユキは軍隊にでも入ったかのように、緊張した上目遣いで元気よく答えた。


 マリンは、この街では知らぬ人魚はいないほどの別嬪だとの評判だ。生来、優れた容貌の人魚は多いが、マリンのように名高くなる者はほんの一握りだ。

 ユキなどは黄金色に輝く髪に生まれながら手入れの方法を知らず、マリンに髪の手入れを教わってからようやく、髪が肩につくほど伸ばせたのだ。それ以前は切れ毛が栄えるままにしていたこともあり、ツヤやしなやかさも、今日には到底及ばなかった。

 つまり、マリンはファッションのみならず、日頃の手入れも含めて、美に憧れる人魚を導く仕事をしていることになる。


「有名人さん、イモガイ嫌いだったらどうしよう」

 小声でユキが言った。

「イモガイ、嫌いな人魚って、聞いたことないな」

「すっごく綺麗な人だから、イモガイなんか山ほどもらってるかも」

 それはあるかもしれない、とグリンは思うだけにしておいた。真珠をドアや窓にあしらうほど恵まれた人魚が、何を欲しがるかなど分からない。イモガイは人魚にとって割と高級な方だが、真珠はもっと高級だ。なにしろ貝の中でしか作れないのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る