あの日の夢

永遠

 

 学年合同の体育。恐らく、顔ぶれ的にそうだったんだと思う。気づいたときには、体育館で俺はバスケをしていた。そこに至るまでの記憶がないということは、またいつものようにボーっと過ごしていたのだろう。


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 彼がシュートを決めた直後だった。彼の放ったボールが、丸まったダンゴムシのように蠢いたのに、私は気づいてしまった。自分の目を疑った。そんなわけがない。バスケットボールと同じサイズ、同じ柄のダンゴムシが混ざっている?信じられない、そう思った私は友達に声をかけようとして…そこからの記憶がない。


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 同級生の悲鳴が聞こえたのは、俺がシュートを決めた直後だった。振り返った俺の視界に入ったのは、到底現実とは思えないものだった。俺が放ったボールが虫のように蠢いて、彼女に覆いかぶさっていた。…バスケットボール柄の虫?いや…そもそもこのサイズはあり得ない。明らかに、この体育館に紛れていたときより大きく、人一人と同じくらいの大きさになっている。何人か、彼女の友人が怯えつつ彼女の周りにいるものの、ほとんどの同級生は自分がそうなるのを恐れて逃げた。


 …俺は立ち尽くしていた。救けたい、でも、怖い。そもそも俺は虫が大嫌いだ。嫌いどころか、恐怖症に近い。それでも、何故か俺は彼女に近い位置から動けなかった。ただただ、クラスメイトが得体のしれない生物に取り込まれそうになっているのを眺めていた。心のどこかで、こんな状況を冷静に見ている俺がいる。


 数分の硬直。その間、彼女の友人は段々とその恐怖心から離れていった。やはり人間、友達より自分の命なのだろう。


 …だが、その時。


「嫌だっ、たすけて、怖い、気持ち悪いっ!!!!誰か、救けて…」


 あの大きさの虫に喰われそうになる、それがどれほど気持ち悪いものなのか、誰にも想像はできない。彼女はずっと無言で抗っていた、彼女が崩れるまで俺はただの傍観者だった。優しくて、いつだって自己犠牲で動くような少女が助けを求めた。その一言で俺の体は弾かれたように動き、…すぐに止まった。


 彼女の背後に、もう一匹”それ”が居たのだ。背面を完全に覆われ必死に足掻いてた彼女は、あっけなく”それ”に蝕まれ見えなくなった。背面を覆われていたのだ、前から襲われたらそれはもうどうしようもないだろう。ほとんどの人が体育館から消えているのに、俺は気づかなかったし、この場に人間として残っていたのが俺だけ、というのに気づいたも、彼女が完全に見えなくなってからだった。


 いつの間にか、体育館は”それ”で溢れかえっていた。バスケットボール柄の人間大の大きさのダンゴムシがそこら中に湧いている。なぜ、俺はこんな冷静なのだろうか。


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 私の記憶は途中で途切れている。今私がどういう状況なのか、生きてるのか死んでるのかもわからない。でも、あれはもう二度と経験したくない。


 私の親友は、形容し難い何かに襲われた。私は怖くて離れることしかできなかった。離れて見ているだけ、罪悪感で死んでしまいたいと思っていた。親友である彼女を挟んで反対側に、彼が同じように立っている。彼は、とても落ち着いているように見えた。その彼が、私を見て目を見開いた。振り返った私の視界に入ったのは、緑色の、幼虫のような見た目をした私より大きい何かが私に覆いかぶさる瞬間だった。


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 …唯一、俺以外にまだ人間が居た、と思った瞬間。彼女もまた、得体のしれない”それ”に飲み込まれた。俺はどうしたら良いのだろうか。もう、死んでもいい気がする。人間は俺だけ、もうドウデモイイだろう。シンデ楽になれるならそれで。


 俺はゆっくりと、二人に向かって歩いていった。


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 二匹と、一人。この空間には、他にもたくさんの”それ”が蠢いていた。だが、二匹と一人だけが、この物語の登場人物のように見えていた。ゆっくりと、彼が二匹に近づいていく。そして、彼が自らの身を捧げようとした瞬間。緑色の”それ”に向かって、ボール柄の”それ”が近づいていく。緑色の”それ”は、背面から少女を蝕んでいるだけで少女にはまだ人としての意識がある。これは言葉に出来ないくらい恐ろしいことだろう。


「来ないで…いや…やめっ…」


 緑色の”それ”が発した言葉に、一瞬躊躇う様子を見せたものの、すぐに”それ”は頭から緑色の彼女を食した。ものの数秒で、何事も無かったかのように。


 親友を喰べた、優しかったはずの少女の成れの果てと、彼だけがこの場所に残っていた。


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 …体が…重い。私はどこを歩いているのだろう。さっきから、吐いてばっかりだ。人二人を背負っているのではないか、と思うくらいに重たい体。なぜこんなに重いのだろう。地面に吐き出された私の胃の中身は、緑だった。…キモチワルイ。


 なんで私は這って動いているの?手も足もあるのに…え?ない…私…え?これはどうなっているの?コワイキモチワルイなにこれイヤだどういうこと…


「あ…そっか…w わたし…あなたのことを…あはは、そっか」


 全部思い出した。そうだ、私は喰われた。親友を食べて、その後…どうしたんだっけ。他にも食べたのかな。もう思い出せない。でも、思い出す必要もない。


 だって…もう私も死ぬんだから。


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 そこで俺の記憶は途切れた。

 そこで私の記憶は途切れた。


 家のベッドで目が覚めた時、何もできなかった俺は何故か泣いていた。

 家のベッドで目が覚めた時、謎の虫に喰われた私は何故か泣いていた。

 家のベッドで目が覚めた時、大親友に喰われた私は何故か泣いていた。


 全部が自分な気がした。俺も、私も、私も、それを客観的に見ていた”何か”も。

全てが俺で、全てが私で、全てが自分だった。


 ━━━━あの日見た夢が覚めた時、俺たちは泣いていた。


 答えは、永遠に見つからない






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あの日の夢 永遠 @towanante

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