第16曲 愛美にアイに行くメリット:愛美「メリトクラシー」

 六月十三日の木曜日、仕事を終えた書き手は、東池袋に急ぎ向かった。

 というのも、この日、池袋のサンシャイン内に在る噴水広場にて、声優・愛美(あいみ)さんのニュー・アルバム『LIVE IT NOW』の発売を記念したリリイヴェが催されたからである。


 愛美さんといえば、二〇〇九年に行われた『第三回全日本アニソングランプリ』の全国大会に出場した後、二〇一〇年に『探偵オペラ ミルキィホームズ』でデビューした声優である。

 もしかしたら、『BanG Dream!』に出てくる女子高生ガールズ・バンド「Poppin’Party」のギター・ボーカルの「戸山香澄(とやま・かすみ)」役の声優といえば、あーあれか、と思う読み手の方もいるかもしれない。

 ちなみに、書き手が、愛美さんを「声優」と呼んでいるのは、今回のリリイヴェにおいて、愛美さん自身が「声優の愛美です」と自己紹介をしていたからである。


 さて、書き手が現場に到着したのは、イヴェント開始一時間前の十七時半少し前で、なるほど確かに、決してイヴェント開始に遅れた分けではなかったものの、しかし残念ながら、優先入場券の確保には遅きを逸した。そこで、CDと特典券のみを手に入れた書き手は、優先エリアの後に設置されたフリー・エリアの最前列から、ミニ・ライヴに参加する事にした次第なのである。


 今回のアルバムは、最近、愛美さんが担当した幾つものアニメの主題歌が収録されているのだが、そうしたアルバム収録曲の中でも特に注目したいのは、今期、すなわち、二〇二四年四月期(春クール)放映中のアニメ、『出来損ないと呼ばれた元英雄は、実家から追放されたので好き勝手に生きることにした』(『以下『出来損ない』と略記)」のEDで、アルバムのリード曲にもなっている「メリトクラシー」である。


 「メリトクラシー、一体どうゆう意味? もしかして造語?」と反応する人もいるかもしれない。

 たしかに、造語であるのは間違いないのだが、しかし、今回の曲の作詞・作曲をしている「すりぃ」氏が勝手に作ったものではなく、二十世紀半ばにイギリスの社会学者「マイケル・ヤング」氏が自著の中で使っている用語なのだ。


 〈メリット〉は〈功績〉、ギリシャ語のクラトスを語源とする〈クラシー〉は〈支配〉、これらを合わせた〈メリトクラシー〉とは、要するに、血統による貴族階級が支配的な階級社会に対して、高い能力を有する者が社会において支配的な、そのような社会構造の事である。


 この用語をタイトルにした「メリトクラシー」が主題歌となっている『出来損ない』の世界は、王侯貴族が支配的な〈貴族社会〉であるのは確かなのだが、主人公の「アレン」は、公爵家の嫡男でありながら、レベルは一のままで、ステータスの数値も全て平凡、さらに、「祝福の儀」では、神々から何の「ギフト」も与えられず、公爵家の「恥晒し」の「出来損ない」として実家から追い出されてしまう。

 主人公は、前の世界では英雄であった転生者で、実は、前世での英雄としての能力を引き継いでおり、実家から追い出された後のアレンは、平凡な生活を送りたい、と望みつつも、隠していた真の能力を活かして困難な事件を易々と解決してゆく。

 これは、流行りの異世界舞台の〈追放もの〉の王道パータンであろう。


 こうした物語内容になっている『出来損ない』のEDが「メリトクラシー」である事によって、ハッと気付かされるのは、主人公がアリストクラシー(貴族制)の社会において、その最上位に位置する〈公爵家〉に属しているにもかかわらず、実家から追放され、しかも、貴族の嫡男であるのに、血統の純度の高さが全く活かせない、〈非純血主義〉と呼んでもよい状況に陥っている点だ。

 つまり、『出来損ない』の社会は、高貴な血筋の者は才能にも恵まれている、というのが前提となっており、どうやら、長子相続ではなく、兄弟の中でも才能ある者に家を継がせる事によって、こう言ってよければ、貴族でも才能なき者を淘汰する事によって、血統の純度を保っている、そのような制度になっているのかもしれない。

 現実世界で、このような継承方法を採用したら、相続を巡る抗争が後を絶たないようにも思えるが、『出来損ない』という異世界の場合、ギフトの存在が、メリトクラシー、能力至上主義の裏付けとなっているのであろう。


 このようなギフトを土台としたメリトクラシー(能力主義)のアリストクラシー(貴族制)において、実家から追放された主人公が、実は、誰よりも能力に優れており、真のメリトクラシーを体現している点が実にシニカルで、だからこそ、「メリトクラシー」がアニメのEDとして、第二話から採用されているのかもしれない。


              *


 ミニ・ライヴ終了後には、特典会が実施されたのだが、CDの未購入者が特典会に参加できないのは当然としても、どういったタイプのCDを購入したかによって、特典会の種類もまた違っていた。

 すなわち、通常盤の購入者が参加できるのは「お見送り会」で、初回限定盤の購入者は「ポスターお渡し会」に参加できる、という仕組みだ。


 お見送り会というのは、参加者が演者の前を通り過ぎながら挨拶をされる、というもので、今回のイヴェントでは、演者との会話は禁じられていた。

 一方、ポスターお渡し会は、演者から直接ポスターを渡してもらえ、その際に、数秒間、愛美さんと言葉を交わす事が許可されていた。


 そして、通常版を購入した書き手は、お見送り会の参加時にハッとした。


 通常盤は三三〇〇円、一方、初回限定盤は七八〇〇円、その金額差は二倍以上、これが、会話なしと会話数秒となっており、これもまた、ある意味、能力主義、メリトクラシーの表われなのではなかろうか。


〈参加イヴェント〉

 『LIVE IT NOW』発売記念フリーミニライブ

  日時:二〇二四年六月十三日(木)十八時半~

  場所:東京・池袋・サンシャインシティ噴水広場


〈参考資料〉

〈WEB〉二〇二四年六月二十三日閲覧

 『愛美 NEW ALBUM「LIVE IT NOW」特設サイト』

 「News」、『愛美 Official Web Site』

〈書籍〉

 マイケル・ヤング著、窪田鎮夫 ・山元卯一郎翻訳、『メリトクラシー』、東京:講談社エディトリアル、二〇二一年。


〈曲情報〉

 「メリトクラシー」、『LIVE IT NOW』(レーベル:キングレコード、二〇二四年六月十二日発売)収録

  作詞:すりぃ

  作曲:すりぃ

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