神のいない世界

@f_ramuda_p

第1話

 閑散とした事務所の電話が、役目を思い出したかのようにけたたましく着信を知らせる。

「先輩、、起きてください。仕事ですよ。」

「なんだ、事件か。事故か。」

「それが、自殺未遂だそうです」

「ふむ、今時珍しい。しかし自殺未遂ならセラピーに直接まわせばいいじゃないか。

あちらも日ごろ暇を持て余しているだろうに。」

「いえ、どうやらその男はN博士を自称しているらしく」

N博士。300年も前の偉人を騙るとは、酔狂とも言い難い。しかしその男がN博士であるのかどうか、そんなことはあまり関係がない。事件性があれば捜査するだけである。

取り調べ室には、やつれた男が静かに座っていた。

「先輩、これが押収した資料です。」

分厚い紙の束は麻ひもでまとめられ、表紙には「人類選別計画」と書かれている。

「これについて、知っていることを教えてください。」

「殺してくれ」

男は空を見つめつぶやく。

「連れてきた時からこんな調子でして」

―ふむ、久しぶりに長い仕事になりそうだ。

カップを口に運び一息つく。

「死刑制度など日本にはありませんよ。いえ、もうどの国にもありません。ですので、あなたがどのように答えようとも、殺してさしあげることはできません。しかし、あなたが事実をお話しくだされば、警察としてあなたのお力になることもできます。どうか誠実に質問に答えてください。これは、かの研究所で作成されたものですか?」

無表情に話を聞いていた男は、静かに深呼吸し、観念したように落ち着いて話しはじめた。

「私自身は、もう、研究所とは関係ない。」

男は資料を見せながら、淡々と説明を続ける。

「これは、人工的なウィルスを用いて意図的に人間を減らす計画だ。まずふさわしいと判断された人間の遺伝子にウイルス組み込む。その人間は無意識に殺人ウィルスをまき散らし、ふさわしくない人間を緩やかに減らしていく。そんな過程を数世代も繰り返せば、選ばれた人間の子孫のみで構成された新世界が完成するのだ。」

人類選別計画。巷では都市伝説レベルの噂だが、捜査機関がかの研究所跡から得た機密情報には、それを示唆する証拠がいくつか存在する。計画が実行されれば、人類史上最も平和な100年を終わらせる未曾有のテロとなるだろう。それは、

「心配はいらない」

男は不意に口を開いた。

「私が最後の一人だ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神のいない世界 @f_ramuda_p

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る