27、日没に落ちる断首刀(2)
現在の時刻は、未の刻(十四時)だ。
「
「いやぁ~、それがなぁ、言いにくいなぁ。言わなきゃだめかぁ?」
「刻限があるんですよ! 可愛い
「可愛いか? そ、そうか。お前は俺のことを格好いいだけじゃなくて可愛いとも思っているのだな。ふーん、ふーん」
「先ほど同僚に確認したが、
「ふむふむ」
「短刀はどっかいっちゃったんだと。残りの無花果も廃棄した」
「な、な、なんでぇ……っ」
「
わ、笑いごとじゃない。
この後宮で、もしかして
疑問に思いつつ、紺紺は「わかりました!」と駆けだした。
「
* * *
「えーっ、監視とかないの? 自由にどこか行ったりできちゃうの? ……ど、どこに行ったんだろう……っ?」
そうか、この遊戯、相手の手の内ですべてが進行するんだ。
証拠品を保管する必要ないわ、と捨てさせる命令ができて、証人も自由に逃がしちゃう。取り締まる役の宮正は、わかりやすく媚びへつらって、処刑器具に怯えちゃってる。
彼女が「あの者は罪人ではない」と言えば、有罪の証は隠され、罪ではなくなる。
……
「ま、ま、負けない……!」
紺紺は最初に門に行って、
後宮からは、簡単に出られない。
外出許可だって申請してすぐには降りない。もしも
次にどこを探せばいいだろう?
探さないといけない!
でも、どこを? 口封じに石井戸に落とされていたり、
「とりあえず、足を動かそう……! さ、さがすぞー!」
考えているだけでは、
紺紺は
石井戸を覗いてまわり、
時刻は未の刻半(十五時)。
「くすくす、かくれんぼの鬼さんかしら?」
探している最中、後ろで「やだぁ、そんなところに人がいると思っているの?」「うふふ、必死ね」と笑われたけど、気にしない!
「石井戸にもいない、
そして、
じわじわと焦燥感が湧いてくる。
えっ、次にどこを探そう。後宮は広すぎる。
そして、思い当たる場所がない。
「こら。新米さん! 走るんじゃありません」
ひたすら駆け回っていると、『ついでにさん』に引き留められた。
ついでにー、ついでにー、とあれこれ仕事を頼んでくる先輩宮女の
「ついでにさん!
「ついでにさんってなによ、新米さん」
「あっ、いえ。つい『お母さん』って呼んじゃったようなものです。気にしないでください」
これは「あ~、この子、お母さんが恋しいのね」みたいな同情の目だ。
「
同情しつつ、ちょっと口調に棘がある。
この感情は……嫉妬だろうか?
「
不満そうに言いながら、自分が抱えている洗濯籠を押し付けようとしてくる。ちゃっかりしてる。
「あ、それとあなた。ついでに、頼まれごとを……」
「すみません、今忙しいです!」
洗濯籠を押し返して、紺紺は走り出した。
視界に、ちらりと
紺紺に気付かず、魔除けのお札を花瓶に貼っていた。尚儀局のお仕事なのかもしれない。
* * *
――尚食局に来た。
お天気は曇り空で、気温はどちらかというと涼しいけれど、走り回ったせいで暑く感じる。
「そんなに急いでどうしたの? おやつに桃饅頭をどーぞ? あーん」
白い花が浮かんだお茶を飲ませてくれて、桃饅頭を「どーぞ」と差し出してくる。美味しい。
「
「
話によると、
「ほら、
「そうなんだ? し、知らなかったよ。蘭ちゃん、最近はお母さんのこととかお薬のこと、あんまりしないよ。
「うーん。同じ境遇の相手としかできない話って、あるからね。それに、誰とよく話してるとかいちいち言わないでしょ。私だって『ついでにさん』とよく世間話で盛り上がってるけど、わざわざみんなに言わないよ。気にしない、気にしない」
そっか。友達って、なんでも打ち明けるものでもないんだ。
考えてみたら、私だって「私、実は傾城なんだよ」とか教えてないもんね。
贈り物をもらうと、一時的にだけど、元気が出る。身体機能が増す。
だから、普通の娘だと「もう疲れた」となるくらい走り回っていても、まだまだ元気だ。全力疾走ぶりに、周りの人たちがびっくりしてる。
「あの娘、病弱なんじゃなかった……?」
囁き声が聞こえるけど、気にしない!
「あっ、紺ちゃん。そ、そんなに走って、何かあったの……?」
「あとでお饅頭を
「ううん。さっき食べたから……えっと、蘭ちゃん、
「ん」
紺紺は首を振りつつ、話を切り出した。
唐突な切り出し方で「会話が下手ぁっ!」って自分でも思ったけど、時間が惜しい。
「蘭ちゃん、
「そ、そうなの? えっと、
勝手に言っていいのかな、と迷いながらも、
「えっ」
紺紺は息をのんだ。
恋人、亡くなりそうなんだ。
「
きっと、怖かった出来事をひとりで持て余していて、誰かに話したかったんだ。
紺紺はそう思った。
「あのね、紺ちゃん。私、『ばいばい』って言われたんだ。
『前からやりたかったことがやっとできた、うまくいった』
――それは、
「……ありがとう、蘭ちゃん」
「追いかけてくる人がいたら引き留めてって言われたよ……
――逃げるんだ。
『自分が純真なように、他人もそうだと信じている幼さがあるのね……?』
そうではないか、と思っていた。
今回の事件は、「やりたかったこと」なんだ。
成功して喜んでるんだ。
勝ち逃げする気、満々なんだ。
「紺ちゃん、
「
や、やめて。
紺紺は耳を塞ぎたくなった。
そういう背景事情を、聞きたくない、と思ってしまった。
「紺ちゃん、あのね。
不安で仕方ない、怖い、という気配が伝わってくる。
紺紺は遠くで鐘が鳴るのを聞きながら
「教えてくれてありがと、蘭ちゃん」
「行くの?」
「うん」
雨が降ってきたのだ。
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