13、仲良く簀巻きになって

 最近、『蒼天は泣くことを忘れた』と言われている。

 ずっと晴れているからだ。


「今日もお天気がいいなぁ」

 

 窓から差し込む光を見ながら、くしで髪をかして、結ぶ。


「もうすぐ春だなぁ」


 紺紺は、春が好きだ。

 生命が芽吹く季節で、暖かで、なんとなく明るい気分になる。


 石苞や紺兵隊のみんなが道端の若芽を見て「芽吹きましたね、春ですね」と笑む声と顔が好きだ。 

 一緒になって若芽の近くでしゃがみこみ、「あったかくなったね」とか「今日はお天気がいいね」とお話していると、時間がのんびり過ぎていく。

 

 そんな穏やかな時間の中にいると、自分が彼らと同じ人間で、自然に芽吹く植物のように無害で、ちっぽけで、存在することが許されている生き物のように思えるのだ。


 さて、そんな春を感じる宮中では、もうすぐ女神節という宴がある。

 宴には妃たちが揃って出席する予定なので、妖狐がどの妃になりすましているのかを探るチャンスだ。

 でも、人間の姿をしている妃が妖狐かどうかなんて、どうやったらわかるだろう?

 

「うーん。うーん……紺兵隊のみんな、元気かなぁ」

  

 頭を悩ませながら皇帝を真似して目元に隈化粧を施していると、宿舎が落ち着かない気配になっていた。


「主上は今朝はすこぶる体調がよろしく、新入りの宮女に興味をお持ちであらせられる」


 宦官が大声で知らせを持ってきたのだ。

 これは「皇帝は新入りを見染める気がある」という知らせなので、その朝は妃になりたい宮女たちが気合いを入れて化粧をしていた。

 

「また夜遊びするのかなぁ……」

 

 他人事気分でいるうちに、朝は慌ただしく過ぎていき、気づけば昼になっていた。

 

 お昼ごはんに集まって囲むのは、下働き用のまかないご飯だ。

 大皿から取り分ける形式で、給食とも呼ばれる。

 温かな紅湯ホンタンをずずっと啜ると、辛味で全身がぽかぽかした。

 辛い食べ物は好きだ。美味しい。

 

「尚食局ってお腹すかない? 美味しそうな匂いするでしょ」

「宴の配膳係は怖いわよ。偉い方々の近くでお仕事するのですもの。失敗したら一発で処刑よ」

  

 宮女たちは、同僚同士の気安い空気で宮中の話をしている。


「栄養を摂って体力つけなきゃ。みんな、もっとお代わりしていいのよ」

   

 萌萌モンモンが年下の子たちにとネギを具材にした小麦粉のお焼きを盛っている。

 お姉さんを通り越してお母さんな感じだ。輪の中に彼女がいると、安心感がある。

 

 紺紺は「私も見習おう」と思って箸を取った。


ランちゃん、さつまいもの飴煮もっと食べる? 私が取ってあげるよ」

「ありがとう、紺ちゃん。これ、お芋がほくほくでおいしいね」

「おいしいね!」

 

 小蘭シャオランとは大分打ち解けてきた。

 なんといっても、お互い「ちゃん」付けだ。

 これはもう親友と呼んでいいんじゃないかな! 

 

「ごちそうさまでした。蘭ちゃん、午後もがんばろうね」

「うん。わたし、羊さんをお世話するの。紺ちゃんは?」

「私は衣裳いしょうを扱う局のお使いをするんだよー。羊さん、大人しい?」

「めえめえってうるさいよ。でも、あったかくてモフモフ。抱っこして寝たい」

「寝れるかなー?」

  

 * * *

 

 食後はお使いのお仕事で、大忙しだ。

 尚服局で服飾の大道具を受け取り、尚功局に届けて。

 帰りに尚服局に小道具を届けるように言われる。

 

「そこの新米さん。この洗濯物もついでに洗っておいて」

「はい! お任せください!」

 

 あれもこれもと布を籠に入れてくる沐沐ムームーという名前の先輩宮女のお姉さんは、「ついでにさん」という二つ名を新米たちから囁かれている人だ。

 新米が「お仕事つらい」ってなるのを見て「そうよ、甘くないんだからね」とさ晴らししているという噂がある。

 

「や、やる気があっていいわね。余裕がありそうだし、この羊用の房飾りを完成させるお仕事もついでにわ。三日後に提出してね」

んですか。ありがとうございます!」

「な、なんでそんなに嬉しそうなの。普通、仕事が増えると嫌がるのに……変な子ね」 

「えへへ」

「ついでに言うと、目の下の隈がひどいわよ」

  

 羊を飾る房飾りを受け取ると、霊力と身体能力が増した。

 紺紺が「くれた!」と前向きに受け取ったからだ。ポジティブマインドだと得をするのである。


「あっ。ここにもある……」

 匂いが感じられて、紺紺は視線を向けた。

 

 人間なら気付かなかったであろう、観葉植物の根元の土。そこを軽く掘ってみると、お札が出てくる。

 

 埋められていたのは、一見すると『鎮宅霊符ちんたくれいふ』と呼ばれる家内の安全を願うお札だ。

 でも、実体は有害な呪符なので、周囲を確認してから狐火で燃やして炭にする。


 有害な呪符の効果はさまざまで、精気を吸い取ったり、興奮させやすくしたり、負の感情を煽ったり、判断力や思考力を低下させたり……物騒である。


「これ、犯人は誰? 妖狐なのかな、妖狐と関係ない誰かなのかな」

 

 困った。

 謎がどんどん増えていく気がする。

 

 紺紺は建物の外側に面した廊下を足早に移動した。お仕事はたくさんあって、のんびりしていると時間が足りない。

 ところで、自分が忙しくしている間、先見の公子は何をしているんだろう。あちらもあちらでお仕事をしていたりするのだろうか。

 一緒に仕事をする仲間なのに『油断しちゃいけない』と言って睡眠薬を飲ませるし、何を考えているかわからないし、不透明な関係性だ。信用できない。


「こら。走るんじゃありません」

「はいっ」

「あなた、確か病弱なんじゃなかった? 気を付けなさい」

「元気です」

「そう言って強がるけど、急に倒れるんでしょう? 無理して倒れられたら困るわ。そのお仕事は別の宮女にさせましょう」 

「あ、ありがとうございます」

「顔色が悪いし、目の下の隈も目立つわね。あまり眠れていないの? お仕事はいいから休みなさいな」

 

 見かねたように介入してくれるのは、桜綾ヨウリンという名の四夫人の宮殿所属の侍女だ。

 白徳妃に仕える侍女だけに支給される白い衣裳いしょうなので、所属がわかりやすい。

 年齢は、三十代に見える。

 

 北にある鍾水宮しょうすいきゅうの近くでお薬やお金の話をしているのをよく見かける人で、痩せていて、芥子けしの匂いを漂わせているのが特徴だ。

 印象としては、疲れている人。苦労している人、だろうか。

 

 なんだか痛々しい気配がして、紺紺は「お休みした方がいいのは、桜綾ヨウリン様では」と思った。

 自分が元気なのに、自分より元気じゃない人に誤解で気遣われると、申し訳ない気がする。


「ごめんなさい! 私、本当に元気なんです。この隈も、実はお化粧で……」


 言っても信じてもらえないかな? と思っていると、意外にも桜綾ヨウリンは信じてくれた。

 

「みんなに勘違いされるのって、やっぱり嫌でしょうね?」

「うーん。嫌といいますか、みんなが優しいのでちょっと騙しているみたいな、罪悪感があるかもです」

「ふふっ、あなたは良い子なのね」

 

 桜綾ヨウリンは話しやすい人だった。

 

「あ。またお札が……燃やしておこう」

  

 夕暮れに傾く陽光の上を白い雲が遊ぶ頃。

 お仕事がひと段落して、夕食時間になる。

 桜綾ヨウリンのおかげで、夕食前に余裕をもってお仕事が終わった。それに、なんと石苞からの手紙も届いていた。

 さすが石苞! 返事が早~い。

 

 手紙には何が書いてあるかな、とニコニコしながら歩いていると、小蘭がいた。

 

「あ、紺ちゃーん。お疲れ様」

「蘭ちゃん、お疲れ様~」


 小蘭と合流して笑顔を交わした時。


「おお、新米がいるではないか。ちょうどいい。そこの娘たちにしよう」

「えっ?」 

 

 宦官の団体が寄ってきて、二人を囲んだ。小蘭が怯えて抱き着いてくる。

 彼らは全員、尚寝局の所属だとわかる腕章をつけている。

 

 尚寝局というのは、寝所関係のお仕事をする部署だ。

 しかも、宦官の団体は布団を抱えている。

 

 紺紺は嫌な予感がした。


「新入りの可愛い宮女を連れてこい、と主上がお望みである。夜の務めだ。今すぐに身支度せよ」

「えええええっ、どうしよう紺ちゃん」

「嫌ですけど……?」  

 

 嫌な予感は、的中した。 

 

 なんと「小蘭シャオランと二人仲良く簀巻きにされて、皇帝の寝所へ運ばれろ」というのだ!


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