春が来るまでに家を探す話

@aqualord

第1話

そろそろ本格的に家を探さなければならない。

一郎は、横で空を見上げている妻の愛らしい姿に目を細めながら、軽い焦りのような感覚に襲われた。


つい最近まで一郎は、親の家をもらえると軽く考えていた。

だが、念のために様子を見に行ってみると、なんと弟の二郎ががっつり入り込んでいるではないか。

二郎は元気者だが、所詮は弟。自分よりも何かに先んずるということがなかった。

だから、親の家を弟が先にもらいに行くなんてことを一郎は想像すらしていなかったのだ。

暫く様子を窺っていると、二郎は一郎に気がついたようだった。

小さく声を挙げると、警戒の視線を浴びせてくる。

どうやら、一郎も家を狙っていることに気がついたようだ。

あんな気の強い弟では無かったのに、と一郎は思ったが、家の分捕り合戦をはじめるのだから、気が弱いはずがない。

だが、どうしても幼い頃のイメージとは重ならないのだ。

あるいは結婚してから性格が変わってしまったのだろうか。


感傷にふけりそうになった一郎であったが、二郎の様子を見る限り、一郎が兄だからと言って家を譲ってくれそうな雰囲気は全くない。

だからといって、どこかのご家庭みたいに弟と家の取り合いをするのも何か違う気がする。


一郎は親の家をもらうという当初のもくろみを早々と諦めて別の家を探すことにした。


あちらの団地、こちらの戸建てと情報を集める。

時間はどんどん過ぎる。

のんびり屋の妻もだんだんと一郎に向けてくる視線がきつくなってくる、様な気がする。


ようやく、これはという物件を見つけたのは、家を探し始めて3日も経ってからのことであった。


親の家からひとっ飛びの近場で、今暮らしている場所からも近くて土地勘もある。

よくみると、以前顔見知りになった太郎も近所にいる様子だ。


一郎は妻を誘って二人で住宅の内見をする事にした。


一郎と妻は、まずはよく外構を観察した。

一人で来たときには欠点には気付かなかったが、妻はどうだろう。

だから一郎の支線は、家そのものより妻の表情に強く注がれた。


念入りに確認した妻は、ようやく口を開いた。

「先に中を見る?それともご飯を食べるところを確認する?」


一郎は少し考えて、先に中を見てもらうことにした。

ここは親の家からも今住んでいるところからも近いから、食事の摂れるところには心当たりがある。

むしろそれが一番大事だから土地勘のある場所で新居を探したのだ。


「ご飯の場所はあとで良いんじゃないか?先に中を見てよ。」


妻は「わかった。」と答えると、慎重に家に向かった。

二郎では無いが、一郎が妻を迎えに行った僅かな時間に先に誰かが入り込んでいることだっている。

二郎どころか、それが恐ろしい敵であることだってありえるのだ。


一郎は慌てて妻を追い越して先に家に入った。

中は薄暗いので目が慣れるのには少し時間が掛かったが、研ぎ澄まされた感覚は中が安全である事を示していた。


「大丈夫。入っていいよ。」


一郎の言葉を待ちわびていたかのように、妻は家に飛び込み、そのまま奥まで入り込んだ。

さっき見に来たときも思ったが、この家は過去に誰かが住んでいた様な様子だ。

妻もそれに気付いたらしい。


「まずはお掃除からね。」


ということは、家の中は気に入ったと言うことか。


妻はそのまま中でなにやらごそごそとあちこちつついていたが、やがて満足げに頬をふくらませて出てきた。

そのまま入り口で立ち止まる。

今度は玄関から顔を出して周囲の見え具合もしっかり確認する。


「大丈夫。見晴らしもいい。とまり心地もいい。」


点検項目を順にこなしてゆく。


玄関を何度も出入りしてみる。


「欲を言うともうちょっとだけ玄関が狭かったら安全なんだけど、でもこれ以上狭かったら枝を運び込むとき不便かも知れない。」


一人で呟いている。

一郎は黙って妻が家の内見を終えるのを待っている。


やがて。


「ここ、いいね。ここにしよう。」


妻が全身をふくらませて満足感を示しながら決めた。


季節は間もなく春。

間に合った。

一郎は心底安堵した。


そう、季節は間もなく春。


一郎たち夫婦、いや、一郎たちだけで無く、雀たち全員にとって忙しさを極める子育ての季節が間もなくやってくる。





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