第七十話 お嬢さん

「はぁ……! はぁ……!」


 凄まじい速度で迷宮を駆け上がるエルフ、ロゼ。

 ロゼは迷宮入りしてからたった3分で第5階層、ユウキとノイシェがいるフロアまでたどり着いた。


「アレ……?」


 ユウキ達のピンチを救うため、必死に駆け上がってきたロゼだったが――

 ようやく発見したユウキとノイシェは、強く抱擁し合っていた。

 

「「…………あ」」


 ユウキとノイシェは慌てて抱擁を解除し、背中を向け合う。

 ロゼは倒れているシグマを見て、肩の荷を下ろす。


「あなた達が彼を倒したの?」

「はい。ロゼさんが一撃目を防いでくれたおかげです」

「そっか。私は見くびっていたようね……」


 ノイシェは異種族を忌み嫌う帝国の皇女。ゆえにロゼに素直に礼を言えずにいたが、


「ノイシェ」


 ユウキに促され、ため息をつきながら感謝を口にする。


「……助かったわ。ありがと」


 ロゼは目の前の少女2人に青い友情が芽生えていることに気づき、頬を緩める。


「……いいわね……年若き子供たちの淡く不器用な友情……」

「? ロゼさん?」

「おっと、いけないいけない。2人共動ける? 魔導札が機能しない以上、来た道を戻るか、15階層ごとにある脱出用のゲートを目指すことになるけど……ま、下に行くのがベストね」

「私は動けるわ」

「私は……すみません。足がまったく動かなくて……」

「いいわ。私が背負って――」


 ニヤッ……っと、シグマが微笑んだのをロゼは見逃さなかった。胸中に突き刺すような不安。そのロゼの不安を肯定するように、


 ピリリリリリリッ!!!


 その場にいる4人の万識の腕時計ワイズウォッチが警報を鳴らした。


「「「!!?」」」


 その警報の意味すること、それは……法の番人スイーパーの出現である。


「まさかあなた!!」


 ロゼが倒れているシグマを睨みつける。

 ユウキとノイシェは10時間もこの階に留まってはいない。可能性があるとすれば……。


「まったく、この作戦は使いたくなかったんだけどね……」


 シグマはゆったりと体を起こし、近くにあった木に背中を預ける。


「俺はこのフロアにすでに10時間以上居座っている。セカンドプランってやつさ。俺がやられても、王族を確実に葬るための策だ。上の階に繋がるゲートは隠蔽用の魔導具で隠してある。作戦決行時間、必ず君らがこのフロアに居るようにね」

「なんて馬鹿なことを……! あなたも死ぬのよ」

「そうだな。でもいいさ。敗者は死すべし。ずっと俺が敗者に言い続けた言葉だ。負けた俺はここで死ぬべきなんだ」


 諦めたように笑い、空を見上げるシグマ。

 ガガガガガ!!! と森を薙ぎ倒し、法の番人スイーパーがこちらへ向かってくる音がする。

 ロゼはこれまでに召喚した妖精6体、この場に来てから召喚した妖精2体を音の方へ向ける。


「ユウキちゃん! ノイシェちゃん! あなたたちは下の階へ繋がるゲートへ! 速く!!」

「そんな……ロゼさんはどうするのですか!!」

「私はここで法の番人スイーパーを食い止めるわ」

「ダメです!! そんなことをすれば――」

「つべこべ言わないで! これしか方法がないのっ!!」

「でも……!」


 食い下がるユウキを、ノイシェが抱えて走り出す。


「ノイシェ!?」

「覚悟を無駄にしないで!!」


 ノイシェは、幼い時から異種族は怪物だと教えられてきた。

 だが――

 勇ましいエルフの背中を見て、その考えが揺らいでいた。脳内では様々な思考が、感情がせめぎ合っているが、とにかく今は生存を考え、ゲートを目指す。


 ユウキ達と入れ替わりに黒い巨体が現れる。

 絶対の掃除屋、法の番人スイーパーだ。


「はじめまして。掃除屋さん」


 腕が六本、身長6メートルほどの巨人。口はなく、耳もなく、鼻も毛もない。穴だけが顔の中心に空いている。

 六本の腕にはそれぞれ斧、ノコギリ、金槌、雑巾、箒、バケツがある。


『メンテナンス中です! メンテナンス中です! メンテナンス中です!!!』


 狂ったように同じ語句を繰り返し、迫りくる法の番人スイーパー


「“六点方陣ろくてんほうじん”!!」


 六体の妖精を前面に出し、妖精を基点にシールドを張る。

 法の番人スイーパーとシールドがぶつかる。


「こ、の――!!」


 差は一目瞭然。

 ジワジワとロゼのシールドが押されていく。


「無駄だ」


 ロゼの背後でシグマは言う。


法の番人スイーパーは倒せる倒せないの存在じゃない。絶対のことわり……迷宮における法なんだ。迷宮内でコイツは神のような存在。たかが人間、たかがエルフに、神は倒せない」

「うるさいわね……減らず口叩く余裕があるなら手伝いなさいっての!!」


 黒い巨体は止まらない。

 わかる――たとえ最大キャパの妖精20体がいても、歯が立たない相手だ。


(生物を相手にしている感触じゃない。大地と押し合っているような、不毛な感覚……やってらんないわね……!)


 絶対に勝てない相手。だけど時間は稼いだ。

 この階層からユウキとノイシェの気配が消えた感覚が脳を走る。


「アンタは死ぬ。だけど勝負には勝ったな。あの娘2人は逃げ切ったようだ」

「ええ」

「俺は死んで、しかも任務失敗か。完敗だな」

「……はぁ、どうでもいいわよアンタの勝敗なんて。あーあ、ここで私の人生終わりとはね」


 ロゼは笑う。


「ロクな死に方はしないって思ってたけど、まぁ悪くない最期だわ。未来のある、才ある若者を2人も救えたのだからね……」


 妖精のシールドが破壊される。

 無防備な、一切の防御手段をもたないロゼに、圧倒的な暴力が迫る。


(ごめんねポーラ。シルフィードを頼んだわよ……)


 ロゼは全身の力を抜き、死を受け入れるように瞼を下ろす。

 最後に、ロゼの瞳に浮かんだのは小さな男の子――


「最後に、また会えて良かったわ。ダンザ……」


 ガゴォン!!!!! と凄まじい打撃音が正面から聞こえた。

 ロゼは瞼を開き、前を見る。


「え」


 目の前の光景に言葉を失う。



「大丈夫か?」



 そう言ってこちらを振り返ったのは、槍を背負い、刀を腰に差した――リザードマンだった。

 リザードマンだ……間違いなくリザードマンが1人。なのにロゼの眼には、その隣に――見たことないはずの、39歳になった人間の彼の姿があった。オッサンになった彼の姿が、逞しくなった彼の姿が、幻影が、ロゼの眼には映った。



「まったく、無理しちゃダメだぞ。お嬢さん」



 いつかの自分の言葉をなぞり、彼は得意げに笑った。

 オッサンリザードマン、ダンザ=クローニン――現着。




 ――――――――――

【あとがき】

『面白い!』

『続きが気になる!』

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何卒、拙い作家ですがよろしくお願いします!

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